<プロフィール>

どこにでもいそうな普通の主婦です。人より、ちょっと好奇心旺盛な所はあるようにも思いますが・・・

1994年の4月8日にシンガポールのチャンギ空港に降り立ちました。その時は、まさか6年間も住む所になるとは思わずに行きました。ダンナの会社(私もOL時代は同じ会社に勤めていましたが)に赴任する前にあいさつに行くと 部長(私の勤めていた時の直属の課長)から「いったい何年ぐらいシンガポールに行っていると思う?」と問われた時、私は「3年ぐらいですかね?」と答えると、部長は「ま、そのぐらいの気持ちで行ってきなさい」と笑っていました。今考えてみると、「それより長いんだよ」と思っていらしたのかしら?

まったくシンガポールという国の知識がないまま国に着いて生活を始めたと言ってもいいかもしれません。シンガポール日本人小学校に入学する娘に「きっと山の分校みたいに、複式学級かなにかの小さい学校だろうな」などという程度の認識でした。どんなに人数が多い入学式だったのに驚いたことでしょう!

第二次世界大戦中に、シンガポールを日本が占領し、昭南島と呼んでいたことも住んでから知りました。多民族国家であることも知らず、罰金王国だと言うことも知りませんでした。知らないことだらけで飛び込んだ国でしたが2000年3月に本気国する時には、第二の故郷のような気持ちになれるほど大好きな国となりました。

シンガポールは伸び行く国なので、ありとあらゆるものが変化するスピードが速く、私が書いた情報は刻々と古くなって行っていますが、もしちょっとでも興味を引くようでしたら、見てみてくださいね。掲示板投稿フォームなどで感想を書いてくれると、とてもうれしいのでお待ちしております。


蝋人形のリー・クワンユー氏と私
<マダムタソー展 > 

関連:1994年のシンガポール日本人学校入学式

    虹のかなたについての自己紹介


虹のかなたに > 虹のかなたに(目次)ニイハオ★シンガポール>プロフィール

「虹のかなたへ」掲示板