社団法人日本医業経営コンサルタント協会
全国研究発表大会 発表抄録



平成18年6月22日 札幌パークホテル


「小規模診療所における賞与評価制度の導入結果と一般的展開の考察」

         M&D医業経営研究所 代表 木村 泰久

1.はじめに

 小規模診療所では院長が恣意的に給料や賞与を決めているースが多く、ま
欠員の度に場当たり的に中途採用をするため経験年数と実年数が逆転した
り、受付、看護師、歯科衛生士、助手など多様な職種のなかに常勤員とパー
トタイマーやアルバイトが混じるなど、複雑な運用を余儀なくされる例が多
い。このような状態では一旦スタッフに不公平感や不満が広がると、グルー
プ間の対立や特定の個人に対するいじめに発展しやすい。そして院内のトラ
ブルはいつしか患者に伝わり、医院への不信感や不快感となって他医院への
患者流出につながってゆく。

 この事例は、院長、勤務医2名(うちアルバイト1名)、常勤スタッフ2
人、アルバイトスタッフ3名という構成の歯科医院である。個人経営の歯科
医院の分院で、院長は本院に週4日、この分院に週2日勤務という診療配分
である。

 院長からスタッフ間のいさかいが絶えないとのことで人事面の問題解決を
主として経営指導を依頼された。

2.現状の把握

 スタッフ間のいさかいは、常勤スタッフとアルバイトスタッフ間、そして
常勤スタッフ間でも発生していた。また医師とスタッフの関係も悪く医師が
十分な補助業務が得られない状況であった。さらに特定のスタッフに対する
いやがらせに近い事件も発生していた。

 まず、総合的な現状調査を行った。内容は人事システムの調査、患者への
アンケート調査、医師、スタッフ全員に対する面接である。これは、人事シ
ステムの問題点を把握するほか、患者、従業員がなんとなく感じている不満
や希望を把握し、真の原因と改善ポイントを抽出するためである。

 この結果、次の事実が判明した。

@院内のトラブルは患者には伝わっておらず良好なイメージを形成している。

A常勤スタッフ間に給料の決定方法や賞与について強い不満と不公平感がある。

Bアルバイトのスタッフに常勤への昇格について強い不公平感がある。

C感情の起伏が激しい勤務医がおり、時折大きな声を出すので女性スタッフ全
員が恐怖心を持っている。

D給料明細に時間外勤務の算定時間の記載欄がなく計算根拠に疑いを持ってい
る。

Eベテランスタッフが、歯科医院勤務が初めての助手の教育を指示され、多忙
のなかで煩わしさを感じている。

F午前9時から午後830までと勤務時間が長く、診療の遅れによる残業に不満
がある。

3.要因の分析

 要因分析を行った結果、次の四点が重要要因と考えられた。

@ 残業時間数など根拠を示されずに給料や賞与が支給されており不信感が
 ある。


A 朝礼など院内の情報伝達がなく医院の状況が分からないことに不安がある。

B 忘年会など院内の非公式なコミュニケーションの場がなく互いに気軽に話
 し合える雰囲気にない。


C 業績向上やチーム医療への動機付け手段がなく、進んで何もしないほうが
 楽という風土がある。

 

4.対策の実施

 まず、朝礼と月一度の幹部会、スタッフミーティングを開始して公式の情報伝
達の流れを確保した。そして、院長に総合的な経営改善計画の開始を宣言してい
ただいた。

 次に、非公式のコミュニケーションを確保して組織の風通しをよくした。具体
的には初めてのサマービヤパーティを開催し盛り上がって終了した。年末には忘
年会も開催し、以後歓送迎会なども含め、年に数回飲みニュケーションの場を作
ることとなった。この結果、次第にスタッフから院長や医師に対して質問や会話
ができる雰囲気になってきた。

 最後に、人事制度への不信感の解決を図るため、賞与の人事評価制度を導入し
た。これは、ハーズバーグの指摘するように、給料は衛生要因で高くても当たり
前になってしまうが、賞与は動機付け要因であり、上がれば喜ぶし下がってもあ
る程度までは我慢でき、インセンティブとして活用できるためである。

 また、実務面では賞与に限定することで就業規則や給料表などの改訂作業が最
小限ですむこと、売上に連動して支給率を上げることで医院の業績向上に対する
動機付けがしやすくいなどのメリットが期待できる。

 さらに、アルバイトを常勤にすると5名以上となるため社会保険の適用事業所
となり人件費負担が急増するほか、アルバイトの能力と勤務態度に問題があり昇
格は無理だが、給与制度を改訂すると不公平感がさらに増す危険があるため避け
たいという事情もあった。

 

5.人事評価の内容

 人事評価の導入にあたっては、「公平感」「透明性」「納得性」に最大限配慮
して次の施策を講じた。

@導入工程の工夫:評価制度の導入宣言、評価項目と評価者の公開、評価者訓練、
スタッフへの人事教育、評価面接など、スタッフが受け入れられやすい工程を工
夫した。

Aスタッフへの人事教育:スタッフミーティングを活用して、ディズニーランドな
どの例を紹介しながら患者さまに対する「演技」とスタッフ間のコミュニケーショ
ンの重要性に気づかせるとともに、やる気と能力、業績での評価が合理的であるこ
とを理解させた。

B評価者の選任と公開:院長、分院長、主任(歯科助手)の三名を評価者とする多
面的評価とし評価者を公開した。

C評価者訓練の実施:評価者に対して歯科医院を舞台にしたケーススタディを行い、
評価のばらつきと防止策を教育した。

D人事評価項目の設計:情意評価、能力評価、業績評価の分析的評価として評価表
を設計士、評価項目をスタッフに公開した。
これは、特にチーム医療の形成を重点
に設計したもので、情意評価表と「初級」「中級」「上級」の三段階の能力要件書
で構成される。業績評価については個人目標を勘案しながら、評価者が評価事実を
記録する。

E自己評価表の事前配布:人事評価に際して事前に「自己評価表」を配布した。

F評価の確定:評価者三名の協議で最終評価を決定した。

G評価面接:院長がコンサルタント同席のもとで被評価者と面接をした。自己評価
表と医院の評価表を対比し、被評価者とズレている部分について話し合った。また、
能力評価では当該業務で最も優れた能力を持つスタッフを10点として自己のレベル
を評価させ、自己の半期での到達レベルを設定させた。

 

6.実施結果と今後の課題

これらの対策の結果、コミュニケーションがよくなりスタッフのやる気や気配りが
目に見えて向上した。さらに、スタッフからも自分たちのやるべきことが明確にな
ったという声が聞かれた。成果としては、給与制度を含む人事制度全体の改訂を大
差のないレベルと考えている。
今後は、小規模診療所向けの賞与評価制度のパッケージの開発検討したいと考えて
いる。


                                 以上
 


平成17年7月

     医業経営コンサルタント協会 
 第9回 全国研究発表大会原稿抄録

※平成17年度の研究発表大会は8月10日、1日の両日、国立京都国際会館会議場アネ
 ックスホールで開催されました。
 この発表は11日の午後に行われた発表の抄録で、(社)医業経営コンサルタント協会に
 提出した公式報告書です。

  1.厳しさを増す歯科医院経営

 歯科医院の経営環境は厳しい。過去10年間の医療機関の倒産構成比では、
歯科が224件で43%を占め圧倒的に高い。これはマイナス改訂や3割負
担の逆風のなかで毎年約1000軒が増加し競合が激化しているためである。す
でに全国の歯科医院数は約65000軒を超え、コンビニの約42000軒をはるかに
上回っている。



  2.    増大するスタッフの業務負担

 そのなかで生き残るため、多くの歯科医院でマーケティング対策を実施し
ている。しかし、マーケティング対策にはスタッフの協力が欠かせない。実
際、患者への機転・気配りのレベルアップ、接遇の高度化、衛生管理や清掃
の徹底など、スタッフの業務負担がかなり増大する。しかし、スタッフの多
くは女性であり、保守的な考え方の人が多く歯科医療サービス以外の業務に
拒否反応を示すことが多い。また、小規模歯科医院の労働条件は労働基準法
を下回る例が多く概して良好とはいえない。その結果、不満が高まり歯科衛
生士の一斉退職というような問題につながる危険がある。そのような事態を
避け、かつ円滑にマーケティング対策を推進するためにはスタッフを動機付
けられる人事施策が欠かせない。



  3. 歯科医院の人事施策の現状

 多くの歯科医院では欠員が生じる度に場当たり的に中途採用をしている。
この結果、人によって給与や手当が異なり、さらに、受付、歯科助手、衛生
士など職種の違うなかに常勤とパートタイマーが混じり複雑な運用を余儀な
くされている例が多い。


 また、多くの歯科医院は院長と奥様が恣意的に昇給やボーナスを決めてい
る例が多い。

 そのなかで、多くの歯科衛生士は給料水準の納得性のなさと将来の見通し
のなさ、人間関係の悪さなどから転職を繰り返している。また、歯科衛生士
の人材難から中途採用にはある程度の給与水準を提示せざるを得ず、学卒の
歯科衛生士は転職したほうが有利になり、さらに定着率が低下する悪循環を
生んでいる。 



  4.    従業員満足が欠かせない

 このような状況のなかで一旦スタッフに不満が広がると、患者への配慮の
ない対応や目に付くような怠業、スタッフのめまぐるしい交代などから患者
離反の原因となることが多い。つまり、「患者満足」のためには「従業員満
足」の確保が欠かせないといえる。


 そして、「従業員満足」を実現するには、衛生要因と動機付け要因を満た
す必要がある。特に、衛生要因は労働の対価としての本質機能であり、確保
してあたり前、欠けると不満が生じるため十分な配慮が欠かせない。


 動機付け要因は、いわば表層機能であり何かひとつでも「この医院に勤め
てよかった」と思える施策を作りこむことである。具体的には、ボーナスや
報償制度、表彰制度、などがある。歯科医院では衛生要因を確保し、なにか
ひとつでも動機付け要因を他の歯科医院より高める運営が重要である。

   


  5.  歯科医院への人事制度導入の困難性

 人事施策の運営にあたっては、@評価の透明性の原則、A評価の公平性の
原則、B評価の納得性の原則、を確保する必要がある。


 しかし、大企業や病院のように整然とした人事制度を導入しても小規模な
歯科医院では機能しない。これは専門のスタッフがおらず事務処理能力が低
いほか、家族的風土のなかで人間関係を損なうなどのリスクがあるためであ
る。このため、小規模歯科医院に適合する人事制度の開発には工夫を必要と
する。



  6. 人事評価と目標管理

 人事評価は、基本的に次の3つの評価項目で構成される。

1.能力評価(発揮能力)、
2.情意評価(やる気)、
3.業績評価(一定期間における業績)

 このうち、能力評価と情意評価は日常的に評価できる。しかし、業績評価
は目標に対する結果を測定しなければ評価できない。このため、歯科医院に
おいても目標管理と連動した人事施策を導入する必要がある。

 歯科医院に求められる目標管理の手法として、バランスト・スコアカード
の導入を推奨する。これは、「財務の視点」「患者満足の視点」「従業員の
意欲と能力の向上の視点」「業務プロセスの改善の視点」の4つの視点で複
合的に目標を設定し、数値で評価指標を設定するため、「もれ落ち」が防止
でき、かつ使いやすいためである。

 重要成功要因や業績評価指標の多くはほとんどの歯科医院で共通すると考
えられ、テンプレートを作成し個々の歯科医院の経営状況や戦略によって重
点付けするポイントを選択できるようにすれば、簡単に実効性の高い目標管
理を実施でき、時間と手間を大幅に削減することができると考える。



  7. 歯科医院に適した人事制度とは

 歯科医院の人事施策に求められる条件を整理すると次のようになると考え
られる。

@ 簡便であること。

A 公平でスタッフの納得性が高いこと。

B経営の裁量権が最大化されること。

Cスタッフの意欲と能力向上を促すこと。

D歯科医院の経営目標達成に寄与すること。

 以上を踏まえて歯科医院に適した人事制度として「職能資格制度」を選定
した。

 これは看護系では医療機関の29.5%が採用しており将来は大多数の医療機
関で導入されると予想されていること。能力に応じた職能資格等級を設定し、
昇格、昇給させるという考え方で、職能資格等級の設定と昇格の運営によっ
て経営の裁量権を拡大しやすいこと。また、給料が年齢に比例して上昇する
事態を避けられること。さらに、昇格を目標として提示でき、意欲と能力の
向上を促すことが期待できるためである。

 しかし、職能資格制度の導入には詳細な職能資格要件書や能力用件の整備
や評価シートや考課表の作成など多くの事務処理を必要とするため、事務担
当者がいない歯科医院ではかなりの簡略化が必要である。

8.歯科医院に適した職能資格制度

 歯科医院に適した職能資格制度にするためのポイントとして以下の項目が
考えられる。

@職能資格等級の設定をシンプルにする。
 例えば「初級」、「中級」、「上級」の三段階とし、最上級に「管理」を
設定する。

A勤務医とスタッフの賃金形態を分ける。
 勤務医は歩合給または年俸制とし、スタッフは「上級」になれば歩合給や
年俸制を選択できるものとする。

B職能要件書の簡素化。
 歯科医院は患者対応が重要であり、単純に衛生士業務ができるできないで
能力を評価できない。このため基本的な職能用件を中項目レベル表現し、満
たすべき能力は細かく例示することで評価の裁量の余地を大きくする。

C定期面接の実施。
 人事制度はスタッフの納得性と公平感の確 保が成否の鍵を握る。このため、
院長とスタッフの半年に一度の面接を義務づける。

D評価表の簡略化。
 評価表を簡素化するとともに、スタッフの自己評価を面接で話し合い、他の
スタッフとの相対評価や本人の過去の成績を考慮して総合評価を行う。

E目標管理シートの簡素化と事後作成。
 面接でスタッフと話し合ったものを後で簡単な様式に記入する。目標指標は
テンプレートから、院長とスタッフが話し合い選定する。

F院長と奥様、分院長などの評価者訓練
 合理的で納得性の高い人事評価を確保するため、院長と奥様、分院長など訓
練を実施する。

Gスタッフ向け目標管理研修の実施
 目標管理の導入にはスタッフ研修が欠かせない。経営戦略や目標管理の考え
方と人事評価など基本的な教育を実施する。また、スタッフの自主勉強会や改
善運動を推進するため、特性要因図などの問題解決手法を教育する。

H業績連動型賞与制度の導入
 賞与は売上高比率との連動とし、支給額の半額は成果主義による配分とする。


  9.2つの歯科医院での試行結果

1)歯科衛生士、歯科助手の反応:

 歯科医院のスタッフには自己の能力を過大評価する傾向が強い。このため面
接時の能力評価に対する説得と話し合いの重要性が確認された。職能資格制度
に対しては、長期間勤務するメリットを感じるとの感想であった。

2)総評

 面接、評価など目標管理のプロセスを実施する中で、歯科医院で十分活用で
きるとの感触を得た。制度変更は就業規則の見直しを伴うが、有給休暇など周
辺課題の取り扱いを整理する必要がある。



  10.今後の課題

 歯科経営が厳しさを増すなかで、優秀な人材を確保することが重要な意味を
もつ。そのためには小規模な歯科医院でも他産業や病院なみの魅力ある人事施
策が必要である。

 今後も改良を重ねながら完成度を高め、将来は歯科医院向けの人事制度のス
タンダードの一つとして、広く使っていただけるようになればと考えている。
今後とも医業経営コンサルタント諸兄によろしくご指導願いたい。

                                 以上

【ご参考】

 当日の質疑への回答として公開した開発中の歯科医院向け人事制度の関係帳
票を掲載する。この帳票には含まれていないが、当然ながら人事制度の改訂に
は就業規則(賃金表を含む)の改訂を要する。歯科医院を含む無床診療所の就
業規則の考え方については後日機会を見て発表させていただきたい。

 なお、発表大会当日ご紹介したBSC関係の帳票は紙面の都合上、一部分の
みを掲載させていただいた。




                                                       以上




アイコンメルマガのページへ
アイコンセミナーのページへ
トップ アイコントップページへもどる