ドラゴン・ボート・レース (Dragon Boat Races) 端午節

中国暦5月5日は端午節(新暦6月9日)。昔から中国では5月は「毒月」「悪月」と呼ばれ、人々はこの日に蓮の葉を門にかけたり、菖蒲酒を飲むなどして邪気を払い、災いから身を守る行事をしていまいした。またこの日は、戦国時代の政治家であり、詩人でもあった屈原(くつげん)が汨羅(べきら)という川に身を投げた日だと言われており、その日を偲んでドラゴンボートレースが行われています。

紀元前4世紀、黄河流域に沿って、7つの国がしのぎを削っていた戦国時代、屈原は楚(そ)という国の有能な政治家でした。王の信頼も厚かったのですが、他の側近から妬まれ、またく国を思うあまりに悪政を非難されたため、ついに追放されえしまいます。汨羅江の近くで放浪生活を送りながら、追放された悲しみや祖国への高潔な愛を「離騒」などの詩集にあらわしました。しかし、月日は流れ、とうとう祖国は泰に滅ぼされてしまい、それを知った屈原は、悲しみのうちに石を抱いて汨羅に身を投げました。彼を慕う多くの人達は、川に小船を出して探し回りました。これが後になってドラゴンボートレースになったと言われています。また人達は、彼の死を哀れみ、毎年5月5日に笹などの葉に包んだ粽(ちまき)を川に投げ入れて、霊を慰めました。
このようにしてチマキを食べる習慣が始まったとされています。

日本人が知る端午の節句からは、かけ離れた話ですが、これは中国から日本に伝わった際に、厄除けのために使われた「菖蒲」が、武を尊ぶという意味の「尚武」と同音だったために、そこから発展して日本では、男性的な意味合いが加えられていったのでしょう。そこで武者人形などを節句に飾ったりしていますよね。

チマキを節句に食べるのは共通でも、日本特有なのは、鯉のぼりを飾ることでしょう。

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