このページは1999年2月〜2001年2月までに書いたククナオカラ・エッセイ「マカハの空No.1〜8」までを載せてあります。

Vol. 1

マカハは、ホノルル空港から西へ1時間程車で行った所にあり、ワイキキとはまるで違う風景です。日本人観光客の姿はなく、高いビルも見当たりません。今はコオリナリゾート地が出来て途中までは観光客の姿が見られるけれど、私が始めてそこへ行った15年前は本当に現地の人しかいなくて 少しこわいくらいの土地でした。今でも日が沈めばまっくらで風と波の音くらいしか聞こえません。私はその土地でフラを覚えハワイ人の暮らしを学びました。マカハは私のフラの原点、そしてフラそのものです。踊る事に不安や言葉で表せない「何か」を感じる時、私はいつもあの高く青い空を思い出します。マカハの空は夜でも青いんですよ。昼間よりはずっと濃い青ですが・・そういう訳でこのエッセイのページには私のフラのふるさとである土地から「マカハの空」というタイトルをつけました。このページでは、今までフラと生きてきて得たさまざまな経験やその経験からくる反省、人間関係等思いつくままに記したいと思っています。更新する時期は「書きたい時」で勝って気ままですので、適当にお付き合い下さい。始めての今日は、なぜ私がホームページを作ったのかという「?」についてです。毎日忙しくバタバタとすごしている時にふと「自分は何をしているのだろう」と一瞬思う事ってありませんか?私はつい2,3ヶ月程前からその思いに取り付かれてしまいました。毎日???の繰り返しで答えが出ず、仕事も楽しくない、ハワイにもどっても今までみたいにファイトが出ない状態です。そんな去年の暮れに、何の知識もないままにパソコンを買いました。始めてホームページを見たのです。その間のさまざまな事は、はぶきますが 「これだ!」とすぐ思いました。つまり自分の今まで費やしたフラとの関係を整理して公表する事によって「?」が消えて行くのではないかと・・・そして「私はこんな事をしているのです」と発表する事が今の自分を満たしていくだろうと確信したのです。結果はOKです。願わくばより多くの方々に見てもらい、たくさんの意見や感想、もしフラを習っている人なら その人の考えている事などを教えてもらえれば嬉しいと思います。掲示板もあるので利用して下さい。今回は「前置き」でフラの話ができなかったけれど、この次からちゃんと書きます。それと「ハワイ語講座」もすぐ作り始めますので、もう少し時間を下さい。では Ahui Hou!

1999年2月8日 ククナオカラ


Vol.2

このホームページも随分たくさんの方が見てくれる様になって一安心です。まだ始めたばかりなので思う様に はかどりませんが長く続けられるようにがんばりま〜す。

このHPを見てくれる方達の中にはフラを習っている方も多いでしょうが、今の日本でのフラブームはすごいですね。どの町にもフラスクールがあって各カルチャースクールもフラのレッッスンは大にぎわいだし・・・なぜ外国の文化であるフラがこんなに大勢の人々に愛され、その人達の心をつかんで放さないのでしょう。しかも日本の人達の中で・・・住んでいる環境も言葉も習慣も違うのに・・・不思議ですね(そういう私自身も含まれますが)この「フラ大好き現象」を私なりに分析してみたのですが、まず日本でのブームの特長のひとつとして「熟年パワー」を忘れてはいけないと思います。私の生徒さん達を例にとっても8割が50歳以上の方でそのうち65歳以上の方が半分はいます。一番年上の生徒さんは77歳です。もちろん元気に毎週のレッスンに来てますよ!他の多くのフラスクールでも同じだと思いますが、なにしろこの熟年女性達にささえられて今日の日本でのフラブームはとどまる事をしりません。しかも皆さん、とても熱心で勉強家です。逆に年の若い人達の方がたんたんとレッスンしているかな。

ではなぜフラは年齢関係なく女性達を虜にしてしまうのでしょう。理由はフラを踊っている人の数だけあるのでしょうが、私にとってのフラとは「私自身」だからです。私がフラそのものだから踊り続けている・・そんなカンジです。どなたか「私はこうだからフラを踊る!」という考えがある方、どうぞメールか掲示板にメッセージを下さいな。メッセージといえば よく言われる言葉に「フラって難しいですね」というのがあるんですが、私はそうは思いません。フラはその人の心、その人の愛、その人の全てだからありのままに踊ればいいと思うから・・・もちろん勉強しなければならない事は山程あるので「大変」ですけどけっして難しくはないですよ。「上手に踊る」とか「誰かと比べる」とか考えると難しくなってしまうんじゃないかな。自分の思った通り楽しく踊ればいいんですよ。ただ、技術的に自分にとって「ヒェ〜」ってカンジの振り付けは確かにありますよね。でも基本的には気持ちよ〜くフラが踊れればそれで良いのではないでしょうか。あ、そうか・・多分フラを踊っていると「気持ちよ〜く」なるから こんなにたくさんの人達が夢中になるんじゃない?
ハワイアン音楽を聴いているだけでもウキウキしてきますよね。皆さんはどんな曲が好きですか?私はスローなラブソングが好きです。あんまりにぎやかな曲よりも静かな方がいいかな。系統としてはホオケナやハパは大好きです。どちらかというと、はやり歌よりもトラディショナルな曲が好きです。

話は変わりますが、職業柄色んな質問をされるんですが よく聞かれる質問の中で一番多いのが「どうしたらフラが上手に踊れる様になりますか?」というものです。
「上手に踊る」為のこつなんて無いと思いますよ。さっきも書いた事だけど、毎日の生活環境を「気持ちよ〜く」すごして「フラは楽しい!」っていう気持ちがあればきっと「いいフラ」が踊れますよ。それと毎日少しずつのレッスンかな・・・

1999/03/12 (金)    ククナオカラ


Vol.3

ALOHA MAKOU お元気ですか?私のHPも始めて4ヶ月、大勢の方に見てもらっている様で内心ビックリ!特に興味があるのは「掲示板」で、さまざまな書き込みの中から「勉強」させてもらっています。

「掲示板」によく出てくる質問に「ハワイでフラを習える所を教えて・・」というのが目につきますが、今日はその事について考えてみました。フラを習っている人にとって、ハワイで習ったり 踊ったりする事は夢ですよね。私が初めてハワイへフラを習いに行った時は ほとんどのハラウ(フラスクール)は日本人を受け入れてはいませんでした。ですから私もその時日本でフラを教えて頂いてた先生に紹介してもらい、私のクムであるパット先生に会いました。でも先生はとてもフラにはきびしい方なので、なかなか「教えて」はくれませんでした。多分、1週間位毎日スタジオへ通い「Please Teach Me」を連発して いた様な気がします。     なにしろその頃私は英語なんて解らなかったから 逆にこわいものなしで先生が何を言っても 私の答えは「教えて下さい」ばかりだったのですから・・・きっと先生は根負けしたのでしょうね(^O^)。

私の時とは違って今は日本人には「喜んで」教えてくれる所がたくさんあるみたいですよ。ハワイで習おうという思いは決して悪い事ではありません。でもこの意味を良く考えてみて下さい。そしてせっかくハワイで習うのなら心から信頼と尊敬の持てる先生を見つけて下さい。フラは一生かかっても全てを「習う」事はできません。1曲の「振り」を「いくら」で買っても「踊る」事は出来ないです。同じ曲でも先生によって解釈の違いがあり、もしハワイに100人の先生がいたら100通りの「振り」があり、100通りのフラへの「思い」があります。フラを学ぶ者としては、そのクムフラの「思い」を受け止め謙虚な気持ちを忘れずにフラに接していきたいと思います。
でもそんな難しい事はナシにしてとりあえずハワイで習いたいのという方は、さっきも書いたけど 今やどの島でも「日本人歓迎」のハラウがたくさんあるのでそんなに苦労しないで探せますよ。ちなみにワイキキではフラを習いませんかという斡旋の人もウロウロしています。
このHPの「ご挨拶」でも書いたのですが、フラはハワイという他国の文化です。ハワイの人が大切にしているものです。その事を頭の片隅にでも入れておいて貰えると嬉しいです。そしてフラをハワイで習いたい方みなさんがすばらしい先生にめぐり会えます様に・・・
どこそこへ行けば習えるよって教えてあげられなくてゴメンナサイ、なぜなら自分にあった先生は必ずいるのだから自分で探さなきゃ・・・そして4泊6日のハワイ旅行では探しきれないし、習いきれないと思うんだけど・・・それでも何が何でもとにかくハワイで習うんだと思う方は、さっきも書いたけどたくさん簡単に教えてくれる所はあるのでご心配なく。でも$は多めにもって行った方がいいですよ。Good Luckです。
あと、幸運にも「この先生だ!」って思えるすばらしい先生のハラウに入れたとしても難問はかなりあります。キチンとしたクム、ハラウであればある程レッスンはきびしいです。そして「日本人」だからといって優遇はしてくれません。まず言葉の問題、ハワイの生徒達との人間関係、習慣の違い・・・言葉が解らないから振りが解らないなんていう言い分けは通りません。レッスンを休む事も出来ないし、なにしろ「甘え」が通用しないです。でもそういう所は日本人だからといってレッスン料を高くしたりはせずハワイの生徒と同様に扱ってくれますよ。

私の体験上思う事ですが、ハワイの人全部がアロハの心を持ったオープンな人ばかりではありません。逆に中に入れば入る程閉鎖的なところがある様に感じます。ホントに私個人の考えですが、日本人イコールお金持ちという気配をカンジさせる人も中にはいるようです。ですから先程も書きましたが、心から信頼し、尊敬できる先生を「自分で」探してほしいのです。

「ハワイでフラを習いたい」大勢のみなさん、その情熱できっとステキな先生を探し出せます様に私も応援します。そんな出会いができた方、また掲示板で報告して下さいませ。

今回のテーマは少し硬かったみたい・・・でもみんなフラが大好きなんだなって毎日生徒達を見てると思います。みんな、みんながんばって!!

1999 6 10 ククナオカラ



Vol.4

暑くて 長〜くて 忙しかった夏が終わり、あっという間に寒くなってきました。私のスケジュールも1週間に1度はまったくのお休みがとれる様になり少しずつ自分の時間が持てる今日この頃です。とは言っても12月のクリスマスパーティーの準備や(当スタジオで忘年会を兼ねて毎年行っているイベントです)来年の5月に行う発表会の準備とかで相変わらず頭の中は忙しく回転しているのですが。おまけに来年から3つ、4つカルチャースクールの新講座の開講も決まり、その打ち合わせやスケジュール調整等々考えねばならない事やしなければならない事は目白押しです。私はワリとギリギリまで動かないタイプで「どうにかなる」というよりも「どうにかしよう」、「何とかなる」と楽天的です。そして結果いつも「どうにかなった」っていう具合です。あまり複雑に考えない性格みたいです。(つまり単純?)よく「石橋をたたいて・・」というたとえがありますが、私は石橋なんかたたかないで一気に川を渡っちゃいます。それで橋が壊れて川に落ちてもその時はその時でいいやって感じ。というよりも私には「橋が壊れたら・・」なんていう発想がありません。何が何でも渡ってしまうんです(笑)。それって回りの人達にとっては結構迷惑ですよね、多分。私はフラの世界に入ってから随分色々な人に助けられましたし、いつも誰かしらサポートしてくれるというラッキーな星の下にいると思っています。もちろん悲しいことやつらい事もたくさんあったけど、本来のこの性格で「ま、いいか」みたいに乗り越えて次のステップにしてきた様に思います。あと、絶対あきらめないですね。執念深いです。なんかこわい性格みたいに思われちゃうかもしれないけど、いわゆる「単純」なんですよ。それとフラに関係ない事には極端にウトイです。パソコンにしてももうすぐ使い始めて1年になるのにまだまだ??ばかり。でもさっきも書いたとおり「執念深い」ので「あきらめない」のです。

毎日たくさんの生徒達と接していると、性格がフラに出るのが良く判ります。
私の特技として、フラを見ただけでその人がどういう人か分かりますよ。その人の家庭環境まで分かる時もあります。何か心配事をかかえている人はそういう踊りになるし、自分勝手で我儘な人はフラもそうです。あと、教えていて血液型も分かります。これは統計的な事なので100%ではないんですが90%くらい当たります。特に踊りを注意した時の反応で分かるんです。「ハイハイ」って明るく返事をして全然直さないのがO型(私もO型です)。黙ってじっと考え込むのがA型、注意されたところを一生懸命直して又チャレンジしてきます。B型の人は注意している間も手足を動かして自分なりに直そうとしてあまりこちらの話しを聞いてない感じ。あくまでも統計的なので「私は違う」と思った方、ごめんなさい。

性格や血液型はともかくとして、好い生活環境の中にいる人はフラもいいですね。何の媚もなくすっきり踊っています。ここで書いた「好い生活」というのはお金持ちとかいう事ではなく自分の人生を楽しみ、しっかり生きているという意味です。何か打ち込む趣味もあり、フラも競うのではなく楽しんでいる人の踊りは見ていてこちらもホッとしますよね。おおげさではなくて謙虚な気持ちで踊っている人を見ると、「ああ、この人は家庭でも幸せなんだな」って思います。逆に私が最もイヤなのが「私はこのクラスで1番上手なの」っていう雰囲気を辺り一面撒き散らして踊っている人です。不思議な事にそういう人の踊りはあまり上達しないみたいです。とても難しい事ですが、「プライド」と「自信」の違いです。やはり、フラを習うに当たってはいつも「私はまだまだ・・」という気持ちでいてほしいです。私にしても今だに一度も満足できるフラを踊った経験はないです。いつも「何でこんななんだろう」と考え込んでしまいます。まして教える事はとても難しくて「どう教えればいいのか」というのは常にありますね。

これから寒い冬に突撃ですが、南の島に想いをよせてレッスンしましょうね。
フラをきれいに踊るには、素直な気持ちときれいなイメージを育む事です。
我スタジオのみなさん、来年の発表会へ向けて頑張りましょう!(その前にクリスマスパーティーだった)
他のスタジオで習っている方々も頑張って下さい。
では今日はこのへんで…Alo〜ha!!

ククナオカラ中村



Vol.5
皆さん、こんにちは。

先日、無事にハワイから帰って来ました。だってものすごく揺れたんですよ。すごく怖かったです。
今日はお休みなので朝から発表会の準備の為に資料を作っています。いい加減、頭が疲れたので「マカハの空」を開きハワイの思い出かなんかいちゃおうかな…

今の時期のハワイはあまり天気が良くなくて、雨もよく降ります。下の写真はアロハスタジアムへ行った時のものですが後ろにうっすらと虹が見えるのがわかりますか?
丁度私の上に虹がかかっています。茶色の屋根の上が良く見えると思うのですが…

「虹」はハワイ語で「アヌエヌエ」と言います。ハワイに滞在中毎日虹がでたんですが、大きくて色がはっきりして綺麗でした。

ワイキキとマカハでは天気がまるで違います。マカハはカアラ山脈と海にはさまれているので、この時期では朝晩とても寒くて昼間は相変わらず乾燥して暑いです。風も強いですね。でも真夏のマカハよりはましですけど。真夏のマカハはまるでドライサウナの中にいる様です。ほんの少し踊るだけで下着まで汗まみれになります。だから私はいつも水着にパレオ姿です。マカハは田舎なのでその格好でストアへ行ったりしても平気なんです。上の写真は一応「町」の方へ行くというのでおしゃれした方です(笑)しかもスッピン!
唯一フラダンサーの証であるハワイアンブレスレットだけはしてます。大先生はなぜか「フラダンサーとは」という話(説教)が好きで、必ずブレスをしているというのも先生の影響です。前に
TVの「うるるん」であるハラウの掟みたいな事を紹介してたけど、大先生も何かとうるさい事を言います。やはり髪の毛は絶対切ってはいけません。日本にいる間に少し毛先を切っただけでも解るらしく会うとすぐ叱られます。
私自身はフラナニズのメンバーが髪を切っても怒りませんが…(イヤミを言うくらいです)でも皆分かっていてむやみに切ったりはしてないですよ。あとは衣装の着方、髪の作り方等々書ききれない程の決まりというか、習慣みたいな事は常に教えられています。ただどうしても「日本」では通用しないと思われる事も多いのでその辺は考えながらやってます。(それが中々難しい!)

民族性の違い、文化の違いはどうする事もできないしね。その中でなんとか大先生の教えを曲げずに伝えていく努力はこれからもしていくつもりですが…

ワイキキへはちょっとだけ行ったんですが、行くたびにお店が変わっているのでびっくりします。半年前まであったお店が違うお店になってたりブランドのお店は益々増えているし、そうそうワイキキビーチもなにやら工事中でした。ちょうどポリスBOXの所ですが。又何か作るんですね、きっと。

そういえば2,3年前までたくさんあったラーメン屋さんも無くなって、そのかわり回転寿司が増えてました。どうなるのかな?ワイキキ、ハワイ。20年前に初めて行ったハワイはどこへいったんだろう?変わるたびに少しさみしくなる私です。

よく聞かれる事ですが、「どこでムームーを買うの?」についてお答えします。ちゃんとした衣装としてのムームーは「プリンセスカイウラニ」「マモ」「プアマナ」の3ブランドです。でもちょっとしたステージで着るのにお手軽なのが、「シアーズ」と「JCペニー」です。この2つのお店はなかなかすぐれものが揃っていてお勧め。2軒ともアラモアナSCの2Fにあるので買いに行くのも便利です。しかもチーププライス(80〜150ドルくらい)。上の3つのブランド店は200ドルくらい。行きかたは「マモ」はワードセンターの1F、他の2軒は説明がやっかいなので行きたい方は直接聞いて下さい。もっと安いのでいいという方はアラモアナSCの近くにある「T&L」へ行ってみてね、60ドルくらいでたくさん売っています。(品物はそれなりですが)

ムームーで思い出した・・発表会のみんなの衣装を考えなくては…という事で又仕事に戻ります。又書きますね。 
  

2000年1月      ククナオカラ

Vol.6

わ〜い、終わった、終わった。\(^o^)/

今年に入ってからずっと“わっせわっせ”と準備していた発表会が無事に終わりました。ホッ・・・

ウチの発表会って2年に1度しか行なわないので、生徒さん達も私も結構必死でやるんですよね。感想は・・?私適には満足です。だってみんなとても良く踊ってくれたし、何の混乱や事件もなく、時間もぴったりに納まったし。本当に「おかげさま」です。事前のゴタゴタもあった事はあったけどそれはいつもの事で私にしてみれば「事の前のお約束」みたいにたいした事件ではなく、今回は心から「よっしゃ!」と思える会でした。

それにしても1番年配の方が85歳ですよ!きちんとりっぱに踊ってましたよね。あと、事故で片足を失い義足で踊ってくれた方もいます。(きっと見ていた人達には分からなかったと思います)もう、感激!本当にフラって年齢に関係なく楽しめる踊りですね。だって他の舞踊はもっと間口が狭いじゃないですか。先日、アルゼンチンタンゴを見たのですがあの踊りなんて見ただけで「私にはできない・・」って感じる種類のものだし、バレエやフラメンコも難しそうだし・・

そこいくとフラは誰でもいくつからでも始められるでしょう?そしてステージライトは皆に平等に当たるしね。何より「私にも踊れそう」って思わせてくれるじゃないですか。衣装もきれいだし・・改めてフラを選んで良かったです。

発表会の事はこのくらいにして「ククナオカラの近況」をひとつ・・・

発表会が終わったのでだいぶ時間に余裕ができました。そこでしばらく行かなかったクラスを見に行ったり、又プライベートレッスンを開始したりしています。私事ではなんと「ポストペット」にはまりまくり、大切にマイペットを育てています。これ、面白いですよ。パソコンをお持ちの方、ぜひやってみて下さい。すごく可愛いから。

あとは、ここしばらく本を読む時間がなかったのでこれからは又色々読もうと思っています。体が鈍っていくのはイヤだからストレッチのクラブも復活します。夏に向かってシェイプアップもしなくちゃね。こんな風に少しずつ自分の時間を楽しめる様になったのです。とは言っても「フラの夏」、「夏のハワイアン」という事で今年の夏も忙しそうです・・・。来月は恒例の青年館でのフラフェスティバルもあるし・・・。

たったこれだけ書くのに3日もかかってしまいました。今回の「マカハの空」は短くてごめんなさい。おわびに発表会の写真を少しだけど載せます。

2000年6月

                  

フィナーレ 恵比寿チー
フラナニズ&ケイキズ フラナニズ&恵比寿

Vol.7
すっかり涼しくなりました。
夏が終わるのは寂しいけど、レッスンに通うには今くらいの陽気が丁度いいですね。
これから冬になって寒い日にレッスンに行くのはつらいですよね。特に夜のクラスの方達は・・

今年から始まった新しいクラスの人達はもうお稽古に慣れましたか?もう長くフラを習ってる人達はお稽古がマンネリになって退屈してませんか?
今日はその人それぞれの「お稽古」と「クラス」についてです。

皆さん最初は「曜日・時間・場所・費用」とかでお稽古場を選ぶと思います。そこでたまたま講師だったのが私とかウチのイントラだったわけですよね「こんなもんかな」と思いながら半年、1年たつと色々疑問や不思議にぶち当たるでしょう。同じクラスの人との関係や、先生との関わり方、授業内容の不満等「フラは好きだけどここはどうも・・・」という思いに取り付かれる事もあると思います。そこで「他にいい所ないかな」って他のスタジオを探したりしますよね。
私はその件に関しては悪い事だと思ってません。基本的に1人の先生にずっとついていくのが理想ですが、「ここはどうも・・・」という思いがありながら続けても楽しくないだろうし、教える方にしても「他にいいとこないかな」と思ってる人に教えるのはイヤです。
だから「他に探そう」と思ったら探した方がいいです。誤解されると困るのですが、「自分に合ったスタジオ、クラス」でお稽古するのが1番ですよ。
日本のカルチャー的なフラの世界ではそれが可能ですから。
結果的に「ここが1番、ウチの先生が1番」と思えるスタジオで習ってほしいです。そうすれば楽しく踊れるし、先を目指す気持ちも膨らむでしょう。
あとはクラス選びですが、ウチではクラス編入に関しては私がしています。カルチャースクール、スポーツクラブなどは受付けが違うので誰でも入れますが、スタジオは全面的に私ペースです。よくHPを見た人から「スタジオに入りたい」とメールを頂くのですが、そう簡単ではないのです。ウチではまず各カルチャースクールか、フラサークルに入ってもらい、最低1年は頑張ってもらっています。そして改めて「どうしてもスタジオへ」と強い希望があれば来てもらいます。それには私なりの考えがあって、スタジオに入ってもらうには「我慢する気持ち」が大切だからです。フラを学んでいくには実にたくさん「我慢」をしなければならないと思っています。嫌な事があったらすぐ辞められる、振りを覚えられなくてもOK、用事があればいつでも休める、そういうクラスはスタジオにはありません。ですから精神的に強くて、フラへの情熱が強い人がスタジオに残っているように思います。
まあ、そんなに難しい事でも大変な事でもないんですが・・・
自分に合ったクラスは?と悩んだらいつでもメールして下さい。どんな風にフラに関わっていきたいかをちゃんと書いてね。他のフラスタジオもそうだと思うけど、ウチにも色んなクラスがたくさんあるからね。(ありすぎて全部回りきれない為、生徒のヒンシュクを肌で感じてる今日この頃ですが・・)とは言うものの、やっぱり初級クラスをスタジオにも作ろうかな・・と考えていない訳でもないんです。イントラ養成クラスも欲しいし、古典フラのクラスやハワイ語の勉強クラスも作りたいし・・・まずはスケジュール調整から始めなければなりません。色々暗中模索してますので皆さん、長〜い目で見て下さいませ。
皆さんが「ここが1番」と思ってくれるフラスタジオ目指して私も頑張ります。

そういえば昨日のレッスンで生徒が言ってました。「ククナ1、ククナ2」とか私のクローンがいればいいのにって。私もそう思います。できれば5体くらいのクローンが欲しいです。1人は1日中スタジオで教えて、2人目はカルチャー専門、3人目は他の各教室回り、4人目はマカハで暮らしながら新曲をせっせとメールで送ります。5人目はなぜかフラに関係ない事をします(今までやりたくても出来なかった事がたくさんあるので)。そして本物の私は家でミルキーとタバサとゴロゴロころがって過ごします。
最後はこんなんで〆ますが・・すいません。
12月のクリスマスパーティー、たくさん参加して下さいね。みんなで踊りましょう。
では今日はこのへんで・・・

2000.10 ククナオカラ


Vol.8

タバサ(私の愛犬)の急死からもうすぐひと月がたちます。
あまりに突然の出来事で未だにボンヤリする時間が多く、体のだるさや やる気の無さに生徒さん達には迷惑をかけてすみません。少しずつ又元気になると思いますが・・・

そんな中で先日9日に鴻池さんと二人だけのコンサートを行ないました。実はその日が終わったらしばらくスタジオを閉めようと考えておりました。そのくらい私の受けたショックは大きかったのです。タバサの死は私の不注意から起きた事で、私は毎日毎日自分を責め、泣いてばかりいました。私がちゃんとしていればタバサは今もお気に入りのカウチの上で昼寝をしていたでしょう。そう思うと自分を責める事意外できませんでした。「もう踊れない」という想いに取り付かれました。
「9日が終わったらしばらく休もう」と決めてその日をむかえたのです。

その日は楽屋入りした時から不思議な空気が私を取り巻いているのが感じられました。
もう何百回もステージを踏んでいるのに、初めて感じる空気でした。
リハーサルの時、私はNGばかり出して踊りに身が入りませんでした。あせればあせる程ミスばかりでスタッフも心配した事と思います。時間だけがどんどん過ぎてゆき、未消化のまま本番をむかえたのです。楽屋でお客様が入場するモニターを見ながら、私の緊張感はピークにたっし、「踊れない!私、帰る!」と騒いで鴻池さんを困らせました。そんな事できる訳がありません。その日の出演者は2人だけでしたから、私が踊らなければコンサートは中止になってしまいます。しかもオープニングは私のオリとチャントです。鴻池さんも私が初めて見るくらい緊張していました。とにかく、「やるしかない」という事で2人でステージに向かう階段を降りていきました。ステージのソデに1人で立った時、私はタバサを呼びました。「タバちゃん、おいで。ママが間違えないように守ってね」心からタバサの霊に話しかけたのです。あんなにリハで間違えてばかりいたのに、本番では一語一句完璧に声がでました。
その日は1人で14曲も踊る為、リハではあせって着替えに時間がかかったりしていたのに 本番では落ち着いて何のミスもありませんでした。
2曲ほど踊ってだいぶ緊張感も薄らいだ頃、始めに楽屋入りした時の「不思議な空気」が益々強くなってきました。通常下手で着替えて下手から出ていたのですが、舞台監督から「たまには上手からも出てね」と言われていたのを思い出し、私は上手に回り、自分の出番までソデの床にそのまま座りこみ、鴻池さんのスラッキー演奏を聞いていました。通常、舞台のソデにはスタッフがウロウロしているのですが、その時は私1人で誰もいませんでした。そこではヒンヤリとして限りなく孤独を感じさせる空気が私を包んでいました。
下手側からの照明が鴻池さんを照らし、ステージのホコリがキラキラと舞ってすごくきれいでした。すぐそこには鴻池さんが、その前には200人以上の人がいるのに、私1人がどこか森の奥にたたずんでいるような、湖の上に浮かんでいるような気分でした。どこからともなく、私の心の中に「踊りなさい」「踊ってみせてあげなさい」という声が聞こえました。その声は更に「もっと多くの人に踊ってみせてあげなさい」と言ってきました。
耳の錯覚、気のせい、そうかもしれないけど私にははっきり聞こえました。(聞こえるというより心の中に入り込んできたという感じです)それから何曲も何曲も踊ったのですが、少しの疲れも感じず、生まれて初めて「フラを語る」事ができたのです。
あんなに穏やかに落ち着いて愛を感じながら踊れたのは初めてです。
リハーサルの時はつまずいてばかりいてクタクタになったのに、本番では楽しく幸せでした。
最後の「アロハオエ」の時、鴻池さんがタバサの事を話してくれました。おそらく見に来てくれた私の生徒のほとんどは初耳だったと思います。時を同じくして鴻池さんのファンの方の一人が亡くなられた話もありました。その方もタバサも会場に来ていたと私も鴻池さんも感じる事ができました。「ここにいるであろう1人と1匹の魂が安らかであれ」と私達は一生懸命踊り、歌いました。鴻池さんは泣きながら歌い、私は泣きながら踊りました。私の腕はタバサを抱きしめる事ができました。しっかりとタバサを抱きしめ踊ったのです。
客席のお客様も泣いてくれたそうです。きっとあの会場にいた全ての人の心が「ひとつ」になったのですね。
その夜、「もう踊れない」と考えた事をすっかり断ち切りました。
私は踊り続けていきます。私が踊る事で感動し、癒される人が1人でもいる限り踊っていきます。

このコンサートは大好評だったので これからも続けていこうと鴻池さんと話しています。もっともっと勉強を重ね、練習を積んでいつか又やりますので待っていて下さい。

「HULAは踊ってみせるもの」「見ている人を幸せにするもの」生徒のみなさん、これが私のメッセージです。くれぐれもその逆にならないように・・・

可愛いタバサの写真を載せます。

タバサを覚えていてあげて下さい。ミルキー同様タバサは私の宝物でした。

中村タバサ    平成9年10月30日生まれ 13年1月20日 雪の降る日に天国へ

タバサはおとなしくて家族想いのビーグルさんでした。
食べる事が大好きで いつもお腹を空かしていました。

タバサは少しオデブさんでしたが、やさしいビーグルさんでした。
ある冬の雪の日に タバサは天国へ旅立ちました。

可愛いかったタバサをどうか忘れないで・・・

雪が降ったら ほんの少しでいいから
タバサを思い出してあげて下さい。

天国でタバサの魂がやすらかでありますように 私と祈って下さい。





                                  2001217  ククナオカラ中村


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