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徘徊・老人日記

今日あったこと、日常の出来事、読んだ本など身近なことを書いていこうと思います。

 2018.10.14(日)

 自分ではまだまだと思っても、体の無理がもう利かないことを思い知らされた。以前勤めていた会社の懇親会があった。定年退職をしたOB、OGを中心とした会である。勤めていた会社はもう存在しないので、定年退職以外の参加もOKだ。
 10/13は我が家の最寄り駅の、隣の駅近くで中華料理屋さんにて開催された。普段、医師から体重を減らせと言われて、自分でも腹の周りの脂肪を自覚しているものだから、徒歩で行き帰りした。
 中華屋さんでは1テーブル8人くらいで例の回転テーブル。若い人が居なくて、年配者ばかりなものだからどの料理も余ってしまう。もったいないからと普段食べるより余分に摂ってしまったのがいけなかった。これでは何のために徒歩で来たのか分からない。
 16時頃帰宅したが、お腹は重苦しい。この調子では夕食は食べられそうにない。夕飯はおかずだけ食べて、ご飯は食べなかった。胃腸薬を飲んでみたがお腹の重苦しい感じは翌朝になっても直らなかった。10/14は朝、トースト1枚、昼抜きで、夕方になってやっとお腹の重苦しさがなくなった。
 ヤセの大食いで、若い頃ではなんて言うことない量だったのに、年を取ってからは小食になって、胃の容量も小さくなってしまったのであろう。貧乏性だから残っていていると、どうしてももったいないという気持ちになって余分に食べてしまうのは、戒めなければならなかったのだ。

 2018.10.01(月)

 50年以上前の伊勢湾台風並みの超大型台風24号が過ぎ去って、今日はとても暑くなった。昨夜は猛烈な風雨の音でよく眠れなかった。我が家の前で分譲住宅10棟を建設中である。足場はシートを張ったままで、ちょうど帆船の帆のような役目をして足場が崩れないか心配だった。夜中に見たが、グラグラ揺れていた。足場ははめ込んである部分が多く、フニャフニャしていることが幸して無事朝を迎えることが出来た。
 伊勢湾台風の時には台風の観測体制が出来ていなくて、予告もなしに突然強い台風が来て、大勢の犠牲者が出た。今は事前に台風情報が分かるからありがたいものである。事前に分かっているのだから、準備が出来る。雨風が激しくならない内に済ませたい。我が家では野晒しの2台の自転車が倒れないようにフェンスに縛り付けただけだけど。増水してきたら外での作業は早めに止めようね。今回も増水した用水路に流された人がいた。畑が心配な気持ちは理解出来なくないけれど、見に行ったところで事態が変わるわけでもない。
 JR線は昨夜早々20時に運休の処置を取った。朝になって、また点検があり始動が遅れ朝の電車はギュウギュウ詰めだった。
 職場に行くまでの道は落ち葉やゴミがたくさん落ちている。職場は海からごく近い所にある。玄関のガラスは、落ち葉やゴミが張り付いて、朝っぱらからガラス磨きや落ち葉掃除をした。寝ふ足なので気が重かった。
 どんぐりがあちこちに落ちていたが、まだ緑色だった。お彼岸の前に目黒ふ動で見た物は既に茶色だった。どんぐりも種類によって違うのか。
 10月と言えば、我がHPも18年目を迎えた。始めたのが50歳の時で、飽きっぽい性格なのによくもこんなに長い間続けられたものだと自分ながら感心してしまう。内容は進歩もなく、実にくだらないものだと思っている。『継続は力なり』とは言うものの、それは有意義な物で有ってこそ有効なものだ。僕の場合は『バカの一つ覚え』なのである。一応トップページの部分を17年⇒18年に変えておいた。
 時たま、テレビなんかでその道一筋何十年かの人を探して放送することがある。何でもかんでも探してくれば良いと言う物ではないな。酷いものもある。人がバカにしてやらないものを何年も、やり続けただけのモノもある。そんなの威張ってどうするのだ。皆がやりたくても、とても出来ないものなら、続けて意義はある。誰でもやれば出来ることを何十年続けたって、そんなのちっとも誇れることじゃない。他にやることが無かっただけじゃないか。
 カミさん、子供にも相手にされなくなって、金も掛からず、我がHPはその思いを綴り続けただけに過ぎないのである。トホホホホ

2018.09.29(土)

 我が家の前に昨年5月末まで10年以上畑を借りていた、畑の大家さんの家がある。かつて土建屋さんを営んでいて廃業してしまった。敷地の7割くらいを売って今、その敷地に建売住宅10軒を建てている。残りの3割の敷地に自宅を建てたが、庭だけで50坪以上あると云う。
 肝心の元社長は2ヶ月ほど前に入院してしまった。奥さんは現在家に居るが、ガンの治療中である。庭というか畑の面倒を見る人が居ない。放置している間に、草が1m近く伸びてしまった。見兼ねて草刈をしてあげることにした。
 鎌と草刈り機で刈った。草刈り機は能率が良いが、余りに伸びていると倒れてきた草が草刈り機の刃に絡みついてきて上手く刈れない。草も余りに伸ばしてしまうと草刈り機でも効率よく刈れない。その他に家庭菜園もやっていたから、トマト、ナス、キュウリの後始末、支柱の撤去などもやった。
 勤めの合間の休日に少しずつやって、延べ2週間以上掛かってやっと今日終わった。刈った草を45リットルのゴミ袋に詰め込んで、延べ40袋で収まらなかった。
 僕は腰痛持ちだから屈んでの草刈りはきつい。負担にならないよう少しずつやった。平静を装っていたが、腰は痛くなっていた。草を刈った跡地には再び草が繁らないように除草剤を撒けと言っておいた。
 草も放置すると伸びたい放題伸びてしまう。何事も日頃の手当てが肝心だ。

 2018.09.21(金)

 自民党総裁選挙が終わった。あべ首相が三選となって世の中はどう変わるのであろうか。この質問はどうも逆のような気がする。自民党国会議員と党員が『変化を望まなかった』から、あべさんを総裁に選んだのである。
 色々言われていますが、あべ首相も良い面は多くあったと思います。外交に対する行動力は他の人だったら、あれほど出来ないことでしょう。中国が狙っている東シナ海の尖閣列島問題です。中国がこんなにてこずっているのも、ナショナリストのあべ首相の貢献度が高いからだと思っています。もそもそ話す石破さんで持ちこたえられるのか。仮に民主党政権がそのまま存続していたとしたら、とっくの昔に中国に乗っ取られてしまっていたのではと想像しております。
 北方領土もプーチンは決して手放さないと思う。落し所は借地権のようなもので、所有はロシアが大家さんですが、日本が借地権契約をして使うと云うところではないのかな。世界を見ても領土の境は戦争によって決まっているのだ。『日本固有の領土』と言っても通用しないよ。この3年間はどうなるのか期待して見てみたい。
 それにしても、野党の力の無さには呆れてしまう。ただ、批判や反対するだけでなく、自党の代替案をもっと国民に示さなければ支持率は上がらない。離散集合ばかりで纏まらなければ政権交代など夢のまた夢だ。

 2018.09.14(金)

 良く分からないが、アクセスカウンターの数の伸びが急に増えたような気がする。こんな文字ばかりの読むのが面倒なHPへの訪問者が増えている。ふ思議だなあ。我がままで、頑固な管理者だから、これに気を良くして更新の頻度を上げるなんてことは決してない。あくまでマイペース。
 『自分の生活の糧は年金、パートは生き方、新聞と本は先生、HPは道楽』と言ったところかな。『生き方』と云うところをちょっと補足すれば、パートで片道1時間15分くらい掛けて通勤すれば運動になるし、色々な事態に直面し、それぞれ解決しなければ成らない。新しいことも知る。外国人と片言で話をする機会もある。勉強にもなるし、刺激になる。これで給与と交通費を頂いて、小遣い銭になっては、お天道様に申し訳ない。パートで働かず、家に篭っていたのではこうは行かない。
 自分はもはや『終わった人』なのである。表向きはこうなのだ。内心はちょっと違う。もっと勉強したいし、自分を伸ばして行きたい。興味のあることはたくさんある。ドラエモンのポケットのように、僕の中にある引き出しにはもっともっと多くのモノを詰め込んで、何時でも必要な時に出して来て活用したい。生きている以上、こういう気持ち忘れたらいけないな。

2018.09.09(日)

 九月になったからと言って、油断は禁物である。お彼岸にはまだ早いが、9/12は父の命日である。昨日、ちょっと早いが墓参りにふ動前まで行った。熱中症にならないよう、ウエストポーチに飲料も吊るしておいた。ふ動前周辺は家並みも古くて、寺が多い。軒下にお祭りの提灯が吊るしてあり、何処からかお祭りの笛の音も聞こえる。
 墓参の後、目黒ふ動に立ち寄る。何度も来ているのに目黒ふ動に鳥居があることを、昨日初めて気が付いた。普通お寺にはあまり鳥居がない。『神仏習合』のなごりなのだな。その気で見ると鳥居は1箇所ではなく、他にもあった。NHK大河ドラマ『西郷どん』で西郷吉之助が藩主 島津斉彬の病気平癒を祈願して、目黒ふ動の滝に打たれた。今の物は龍の口(龍吐水という)から吐き出す水量はさほどでなく、迫力に欠けている。
 目黒ふ動尊の後、大鳥神社に周った。大鳥神社のお祭りだったのだ。その後、権の助坂の長い坂道を登り目黒駅まで至った。権の助坂の途中でお昼を食べたが、何となくその時も余り水を飲まなかった。電車で帰って来たが、最寄り駅から歩いて、我が家に戻るまでが大変辛かった。
 総計で1万歩以上歩いた。今にして考えれば、折角腰に吊るした飲料も余り飲まずに、日向を歩いたのだ。恐らく軽い熱中症になってのであろう。家に帰って水をがぶ飲みしたが、何処か体はふ調だった。一晩寝て今はすっかり回復した。九月になったからと言って、侮れないものだ。反省。

 2018.09.04(火)

 動物はどれもがオシッコとウンコをするのだと思う。ただ、ウンコをして肛門を拭くのは人間だけではないか。僕が子供の頃は、ボットン便所で、『落とし紙』と言って灰色の粗末な紙を使っていた。拭き取るにも昔は、ヘラ、荒縄、木の葉、新聞紙、その他色々な物が有ったことだろう。
 中には大便を川の中でして、川の中で肛門を洗う人たちが居て、大便を食べようと魚が寄ってくるのだと云う。その人たちは、大便を食する魚を捕らえ食料とするのだと云うことを本で読んだことがある。ちょっとゾッとする。世界は広い。
 今は日本では大抵トイレットペーパーを使っているのだと思うが、世界中では30%ほどの人たちしかトイレットペーパーを使っていないのだと云う。トイレットペーパーでも水洗トイレに流せない物もあって、日本の技術は最高水準にあるのだ。トイレットペーパーで拭き取っても、あれは単に便を薄く引き延ばしているに過ぎず、完全には取り除けない。子供の頃、風呂に入るときに脱いで見ると、パンツによくウンコが付いていた。でも肛門には肛門菌と云うのが居て、大切な役目をしているのだと聞く。
 私は18年ほど前からウォシュレットという器具で洗い流している。余り清潔にするのも良くないのだと云うのだ。近年、花粉症の人たちが多い。昔は今ほど花粉症の人は居なかった。清潔にし過ぎて、人の免疫機能が衰えてしまった結果なのだ。
 されど大便後、水で洗い流すことに慣れてしまうと、トイレットペーパーで拭き取ることに違和感がある。先日ウォシュレットの温水機能が壊れてしまった。今は良いが真冬になって、冷水が出てきて肛門に当たったら『ビクッ』とするに違いないだろうと思って、日曜日に家電量販店で購入し、本日取り付けた。
 今まで、1階のトイレはウォシュレット付き、2階のトイレはウォッシュレットなしだった。1階の外した器具を2階に取り付けた。取り付けてテストをしたら、故障だった温水機能が復活してしまったのだ。これは目出たし、目出たしである。貧乏性だから新しく購入しないで使い回しをする。2階の便器はピンク色だったが、使い回し故、便器はピンクで、便座はアイボリーと云うのは愛嬌だ。
 取り付けを業者に依頼すると、工事費¥6000だと書いてあった。2基だから¥12000*である。近年DIYの腕を発揮する機会がなかったが、何か得した気分にもなった。

 2018.08.26(火)

 自治体から緑のA4版の封筒が来て、予約をしておいた健康診断を受けてきた。会社勤めなどしておれば、集団で診断を受けて気楽なのだが、今は個人で受けなければならない。自己管理も大変だ。
 持病の肥大型心筋症で心電図の結果が悪いのは前から分かっている。身長も随分縮んでしまったが、標準体重、血圧も良し、胸部レントゲンで肺ガンの兆候も皆無。後は血液検査の結果を待つだけだが、今まで何度も受けてきた履歴もあるから、それからの予測で『天寿を全うするだろう』と医師に言われた。
 無理な運動を避けるなど心臓さえ気を付ければと言われた。何だか嬉しさも半ばのような気持ちだ。体が動かなかったり、ボケてまで生きて居たいとは決して思わない。『ピンピンコロリ』が理想だ。この分では、体が動かなくなったり、ボケたら大酒でも呑めば、たちまち心臓に負担が掛かってコロリと逝けそうな気になった。老醜を晒してまで生きて居たいとは決して思わない。

 2018.08.25(土)

 『何だこりゃ!』と叫びたくなるほど暑い。1週間ほど前の17~19日にあんなに涼しくして呉れたのに。極端すぎるよな。涼しいまま秋になってくれたら嬉しかったのに、台風20号が通過して行ってしまったら、途端に暑くなって老体には響く。
 心の中にいつも引っ掛かっていた勤め先の小学生用イベント 『夏休み ものづくり工場見学ツアー』も無事終わってホッとした。昨年、私設のパソコン教室に通って習った『Wordでお絵描き』したものをパワーポイントに移してイベントに活用できたのも嬉しかった。人前でほぼ1時間レクチャー出来たことも、ちょっとは自信になった。
 6月下旬から暑くなったことを理由に止めていた腹筋トレーニングだが、休んでいる間にすっかり元のポッコリに戻ってしまった。来週火曜日に健康診断を受ける。メタボと診断されること確実だ。アジア大会競泳の背泳 入江陵介選手の8つに割れた腹筋に憧れる。あんな筋肉していたらさぞかしもてることであろう。

2018.08.21(火)

 いつもはほぼ規則正しい時間に食事を摂る。規則正しいと書いてしまったが、食事を摂る時間に規則はない。それぞれ皆さん都合の良い時間に摂取すれば良いのだ。昨夜は川崎市教職員互助会主催の落語会に行って、夕食が午後9時頃になってしまった。久しぶりに空腹感を感じると共に、食事後就寝までの時間が短く、太る原因だ。戒めなければ成らない。
 教職員互助会の会員、及びその家族故かどうか知らないが、客席はとても大人しい方々ばかり。いつもは演者の前、最前列に座り、『待ってました!』とか、演者が取り上げそうにない難しい演目『芝浜!』と叫び、演者の反応を見るのだが、昨夜は座った席が悪くて、掛け声もなし。
 昨日の落語会のトリは人気の笑点メンバーの『三遊亭小遊三』師匠である。彼が笑点という演芸番組内でのキャラクターは『下ネタ』と『泥棒』であるのは皆さんご存知のところであります。
 演目の間で、次は小遊三師が出る段となると、
 『きっと、下ネタを言うよ』
 と後ろの席のおばさん達が囁き合っているのが聞こえる。大人しそうな教職員のご家族でも、本心では下ネタが大好きで、所望されていることが現れて可笑しくなってしまった。昨夜は残念ながら、小遊三師はちっとも下ネタを振ることなく高座を下りた。『下ネタ』と『泥棒』は彼の笑点用の作られたキャラクターなのかもしれない。

 2018.08.07(火)

 今朝、起きて窓を明ければ、昨日までの暑さが何処に行ってしまったかのような天候である。涼しい。夏もこんな日が続けばずっと楽である。台風が近付いているせいだと思う。
 それにしても、昨今の気候はどうもおかしい。猛暑と云うと40℃近くになり、雨が降れば豪雨となる。何事も程ほどに願いたい。山形に豪雨があったと云うので、知人に様子伺いのメールを出した。山形でも知人の住む内陸部では丁度良いお湿り状態らしかったが、市街地で熊の目撃情報が有ったと警報が出たそうな。熊もあんな黒い毛皮を纏っているのだから、この夏は暑かったに違いない。
 熊に、犬や猫の夏毛、冬毛があるのかどうか知らない。もし無ければ、1年中同じ毛皮の着たきり雀ではさぞ暑かろう。ホモサピエンスの脳は熱にとても弱い。お天道様の気分次第だが暑さも程ほどにして貰いたい。
 職場で市と共催で、夏休みの小学生とその保護者を集めて、『ものづくり工場見学ツアー』を計画して、2回目が明日行われることになっている。1回目はとても上手く行ったと思っている。台風が近付いて、明日は荒天と云うからどうなることかと心配している。どうか、台風が逸れてくれることを望みます。皆それぞれに予定があって、一旦決めた日程を変更するのは大変なのだ。

 

 2018.07.28(土)

 毎日毎日酷暑が続いて、最近では酷暑が『災害』とまで言われるようになった。子供たちの夏の楽しみの一つであるプールも熱中症の恐れがあるとて、取り止めに成ったのだとか。可哀想なものであるがまあ、仕方がない。我が家には一応5台のエアコンがあることになっているのだが、パソコン部屋のエアコンのみ故障している。費用対効果を考え、放置されたままである。
 パソコン部屋に置いてあるザリガニ君の水槽は水温が上がってしまっていて、エサを与えても食欲ふ振らしい。前にも言ったが、我が家は日当たり抜群なのである。パソコン部屋(書斎)の主も扇風機はつけるものの、温まった空気を掻き混ぜるだけで、まるでサウナにでも入っているようでHPの更新もまま成らなかった。
 自然と云うものは偉大なものである。長く続いた酷暑も台風12号の接近で、ガラリと変わり、今日など幾分過ごし易くなったから、すごいものだと思う。連日、夜通しエアコンを掛けっ放しで寝ていたが、昨夜はエアコンを点けずに寝ることが出来た。エアコンを点けっ放しで何も掛けずに寝るものだから、明け方になって足が攣って、痛くて大騒ぎしなくても良いのは大いに助かる。
 週3日間出勤している勤めも、今週は小学生向けの『工場見学ツアー』が有ったり、海外からの視察対応と3日間だけの出勤期間中の時間で処理しなければいけないので大忙しで、暑くて寝苦しかったのも併せて、ちょっと疲れ気味であります。

 2018.07.22(日)

 おおよそ文学者たる人たちは、まともな考えを持たない人たちの塊ではないのではと思ってしまう。夏目漱石の作品には高い教育を受けているのに、親の脛をかじったり、親が残した遺産で暮らしていて働かない人たちがよく出て来る。働かないで暮らす優雅な人たちばかりだ。谷崎潤一郎氏の作品を読み続けていると、異常性癖で精神的におかしくなりそうになる。
 今は谷崎潤一郎作品を離れ、谷崎氏が信奉していた、永井荷風作の『腕くらべ』を読んでいる。芸者さん、置屋、お茶屋さんなど出て来てとても艶っぽい話しだ。もうすっかり記憶にはないが、多分18~20歳の頃読んだ筈だ。読んだと言っても単に字面を追っていただけに過ぎないと思う。青少年が読んでも恐らく理解出来まい。小説を読んでも、それ相応の年代にならないと理解出来まい。

 最近のパソコンは難しくて、進歩している筈なのに返って使い辛い。こうして家で使っているパソコンはWindows7 のものだ。勤務先ではWindows10のOSのパソコンを使っている。慣れているせいもあってか、Windows7の方が余程使い易い。
 金曜日、勤め先のパソコンの動きが極端に悪くなり、メーカーのカスタマーセンターに相談した。指示通り色々試みたが、ついには起動さえしなくなってしまった。二進も三進も行かない。マイクロソフトのアカウントに対するパスワードが違っていて、起動出来ないのだと言われた。
 こちらとしては、購入時にちゃんと設定し、各種の設定をメモしておいた。パスワードに記録しておいたものを入力しても拒否されてしまう。『お前が(パソコンが)勝手に変えたのだろう』と言いたくもなる。家のパソコンを使って、マイクロソフトのアカウントに対するパスワードを変更した。これからの仕事に差し障りが出ると思い、今日わざわざ職場に行き、新しいパスワードを入れた。金曜日夕方、駄々をこねて、頑として動かなかったパソコンが何も無かったかのように動き出した。
 カスタマーセンターのお兄さんに教えて頂いたのだが、『単にシャットダウンしてから起動する』のと『再起動』では意味が違うのだと。Word、Excelやその他のソフトを何度も何度も使い続けると、互いに関連付けして絡み合ってしまい、動作が遅くなってしまう。『単にシャットダウンしてから起動する』と絡みがそのまま存続してしまう。『再起動』はソフト間の絡みを解いてくれて、動作も早くなるとの事。その代わりちょっと時間が掛かる。時間が有れば時々『再起動』をした方が良いのだと。
 Windows 3.1、95、98、XP、7、10 と色々なOSのパソコンを使って来たが、安心、安全を重視するせいかパスワードばかりだ。そう考えると、銀行のカード、クレジットカード、パソコンに使うたくさんのカードと、私たちの周りにはパスワードばかりだ。忌々しいな。何かに記録しておかないととても覚えてなんか居られない。

 2018.07.16(月)

 朝日新聞の一面に『酷暑』と書いてあった。僕はこの暑さを『炎暑』かなと思っていた。表現としては酷暑と炎暑では、どちらがより暑いことの表現になるのやら。朝から何かやろうと云う気が起こらない。あと2ヶ月ほどこの暑さに耐えなければならない。
 それでも2ヶ月ほど耐えれば秋になるから良い。赤道近くにある国々はいつまで経っても、一年中こんな気候に耐えて行かねばならぬのだから大変だ。かつて仕事でMalaysiaに出張した折には、毎日毎日、こんな日が続いてうんざりした。2月だった。日本に戻ることに成って、早朝成田空港に着いたら『成田はこの冬一番の寒さだ』と機内放送があったことを思い出した。温度差40℃以上あったことになる。四季が有ることの幸せをつくづく感じる。
 これでまた冬になって寒くなれば、早く暖かく成らないかと思うのだから、記憶力の欠如で、人間など甚だ勝手なものだと思う次第である。
 こう暑いと何もやる気が起こらない。赤道近くの国々がふ幸にも、かつて欧州のしょく民地として統治されたのも、暑さと大いに関係のあることだと思う。
 谷崎潤一郎作の『瘋癲老人日記』を読み終わって、今、『痴人の愛』に取り掛かっている。いずれも初めて読む訳ではない。18~20歳くらいの時に読んでいる。ただ、読んだと云う記憶があるだけで、中身についての記憶は殆どない。多分、字面を追っただけで理解出来なかったに違いない。ある年齢に達し、色々人生経験を踏まないと作品が理解出来ないのであろう。
 谷崎潤一郎の生い立ちから晩年までの解説を読んでいて驚いた。谷崎潤一郎、その妻 千代子夫人、小説家佐藤春夫の3人の話し合いで、千代子夫人が潤一郎のもとを離れ、佐藤春夫氏の妻となったことだ。3者連めいの挨拶状が知人宛に送られている。新聞報道もされた。
 土曜日にNHKで放送されている『天才バカボンの赤塚ふじ夫』の番組もそうだ。赤塚氏と離婚した最初の夫人とその娘は、二番目の夫人ととても仲が良い。赤塚氏も離婚した夫人をちっとも憎んでいない。離婚した最初の夫人とその娘は、赤塚ふじ夫氏の仕事場兼住居にも入り浸りだ。
 離婚と云うととかく愛憎が伴いがちだが、先入観を覆すように、あまりにカッケラカンとしているのが驚きである。

2018.07.14(土)

 とにかく暑い。ちょっと動くだけで汗がにじみ出る。こんな暑さの中で、豪雨災害のボランティア活動なさっている方には本当に頭が下がります。もう、何と言ったら良いのか分からない。ご苦労様です。

 2018.07.07(土)

 オウム真理教の麻原彰晃ら幹部7人の死刑執行が行われた。新聞を読んで随分おかしな事云う人ばかりだなと思う。僕の考えがおかしいのか?
*『7人の死刑執行により、残る謎の証言ふ能』  死人に口なしと言って、死者は証言出来ないのは客観的事実だ。死刑に至るまでに長い時間があった。これまでの時間に謎に答える証言が得られないのなら、今後も得られる見込みはまずない。いたずらに刑の執行を延ばすだけだ。証言を得られないとの確信の基に死刑執行が行われたのであろう。無理やり証言させようと思うなら、江戸時代の石抱(いしだき、正座させ腿の上に石の重りを置く)や、逆さ吊りにして、鼻の中に醤油を入れるなどの拷問でもしなければ証言も得られまい。現代では拷問は出来ない。
*諸外国で、死刑廃止の方向にあり、死刑という残酷な刑の執行は遺憾だ。外国で死刑廃止の方向にあっても、テロなんか起こすと、その場で生きて犯人を捕らえようとせず、射殺してしまうではないか。日本ではその場で射殺なんてことはまずない。ハンムラビ法典の『目には目を』ではないが、被害者の遺族が『仇討ち』は出来ない。遺族の無念を晴らすのは国の刑の執行に任せなければならない。死刑廃止を唱える人は自身の父母、配偶者、子供が惨殺されても、尚、死刑執行を唱え続けられるのか。
 それにしても、刑の決定から執行までの時間が長過ぎる。

2018.07.04(木)

 前々から知人宅の2階から垂らしたネットに、アサガオのような花と葉なのだが、葉はずっと大きく、普通の行燈作りなどに仕立てるアサガオとはちょっと違う種類の花が見事に咲いているのは知っていた。我が家でも日除けに使いたいと思い、
 『タネが出来たら少し下さい』
 と言ったら、これは『琉球アサガオ』と言ってタネが取れないのですと言われた。
 根付きの茎を頂戴した。早速、プランターに根の部分を埋めて茎を倒しておいたら、今年春になって芽が出て伸び始めた。早速、軒下からネットを張り、成長すれば日除けとなるように準備した。
 今朝、第一番の花を付け、明日にももう一つ咲きそうに蕾を持っている。順調に育っている。
 幼稚園の夏休みに4歳の孫でも来たら、花を摘み取って『色水遊び』でも出来るかなと思っている。

 2018.06.28(木)

 一昨日(6/26)から太宰 治の『斜陽』を読んでいる。読んでいて思わず、目頭が熱くなってしまった。斜陽を初めて読んだのは多分、中学生の頃だったと思う。それからも何度か読んでいる筈だ。今まで涙が出て来るなんてことはなかった。年齢を重ね、経験が増して読み方も変わって来たのであろう。歳を取って涙もろくなって来たのかも知れない。
 自分の趣味を問われたら、幾つもある中で、まず第一番に読書と答えるであろう。読書と答えるほどたくさんは読んでいない。多くてせいぜい年間80冊ほどではないか。出版関連の方だと年間500~1000冊と言うから、読書が趣味と言うには、恥ずかしい限りである。
 若い頃は読みっ放しだったが、近年は読後、関連して色々考えることにしている。主題は何か、作者は何が言いたいのかなど、肩肘張ったものではない。単に読んだ後、思ったことについて考えてみることにしている。
 読むジャンルは種々雑多。新書版が多い。新書に飽いたら、小説に止まれと、丸で蝶チョのようだ。H 系の本、推理小説、バイオレンス、漫画は読まない。H 系は自分が実践するなら歓迎だが、他人のそれも虚構なのだからバカバカしくて読む気がしない。
 本も良いのだが、読後溜まってしまうのは難儀だ。家を建て替えた時に大量に処分した。それでも段々溜まってくる。気が向くと段ボール箱に押し込んで積み上げる。電子書籍は良さそうだが、目が悪くなりそうなので、一度も読んだ事が無い。
 本の良いところは頭の中に情景を思い描くことにある。登場人物の見方、考え方を自分と比べたり、肯定し、否定しながら読むものだから、僕は甚だ遅読である。

 

 2018.06.21(木)

 午前中、映画を見に行った。話題の是枝裕和監督の『万引き家族』です。血の繋がりのない6人が一つ屋根の下で生活する家族の話。もちろんフィクションなのだけれど、足の踏み場のないような狭い家に住む家族の繋がりって一体何なのだろうと思ってしまう。普段、映画を見ても、本を読んでも見たり読んだりした後は色々考えてしまう。
 9:40上映開始なのだけれど、圧倒的に年配の女性が多い。一人で見に来ている人もたくさん居た。朝からそれぞれ映画を見に来てどんな感想を持たれたのか、興味深い。僕は良い映画だったと思う。

 2018.06.13(水)

 昨日、初めての米朝首脳会談が行われた。一日の会談で成果が上がるとは思えない。期待が大きかっただけに、結果は何か中途半端だったような気がする。
 これから先、唯一期待できるかなと思うのが、金 正恩が独裁者だということです。独裁者でなかったら、持ち帰って相談してとか、議会に諮ってからなど、事態は中々進展しない。独裁者なら自分で決められる。内部で異論が出た場合でも押え付けられる。

 2018.06.10(日)

 6/9に僕ら夫婦の3人の子と孫が、期せずして全て我が家に揃った。長女夫婦とその子2人、次男夫婦と、家に居る長男である。皆で食卓を囲んだ。
 下の孫は1歳5ヶ月で歩き始めた。ちょっと歩くのが遅れたかと思うが、歩き始めたと思ったら時期が経っている分、予想していたよりもずっとしっかり歩く。心配は無用だった。
 次男夫婦は我が家に来ても今までずっと静かだったのに、上の孫と遊んで呉れて、今まで遠慮して静かにしていた部分を消し去って呉れた。上の孫は起きている間中、おしゃべりしているような幼稚園児で、次男夫婦と遊んでいる間に、次男の嫁さんの性格の一部を引き出してくれた。
 4歳の幼稚園児と、1歳5ヶ月の孫もちゃんと役割を演じてくれるものだと感心した。

 2018.06.03(日)

 我が家は朝から夕方までずっと日が差しているような、日当たり抜群の家である。我がパソコン部屋は夏になると暑くてかなわん。少しでも和らげようとグリーンカーテンとして、プランターにゴーヤをうえて緑の日よけを作ろうとしている。
 今年はゴーヤだが、ある年には『ひようたん』であり、『へちま』であったりと気分次第で替わる。いずれも細いツルを出して、何かに摑まりながら成長して行く。


 細いツルを見ていると面白い。体を支えようとツルをぐるぐる回して摑まるものを探す。探がし当てると、先端をくるくる巻き付ける。それだけで支えられるのだが、強い風か何かでツルが切れてしまう恐れがある、ツルは自らをネジってバネ状の緩衝装置を作り上げる。ツルの両端が固定されているので、ツル自らが捻ることにより、バネ状の緩衝装置を作り上げるのだ。1本のツルが右巻きと左巻きのバネを同時に有することになる。
 自然は偉大だなといつも思う。こんなこと、誰かに教わった訳でも何でもないのに、自然にやってのける。産まれたばかりの赤ちゃんは直ぐに呼吸するし、お母さんのオッパイを吸う。草食動物では産まれて間もない内に立ち上がる。自然は偉大だなといつも思う。

 2018.05.29(火)

 年度が終わると大抵の組織は1年を総括して締め括りとして、”総会”をしなければならぬ。”決算書”“先年度の事業報告””今年度の事業計画(案)””今年度の収支計画(案)”などを揃えなければならぬ。”決算書”は税理士さんにお願いするが、その他の資料は自分で作らなければならない。
 私が職場に復帰したのは今年の4月からだ。どうして先年度の事業報告や収支報告が出来るかと自分でも思う。それでも、他に誰も携わって制作して下さる方が居ない。片手間に事務をしていて下さった女性がいて、何とか作り上げ、先週”総会”も終えた。締め括りの理事会議事録、総会議事録も作り終えた。監督官庁に届けなければ成らぬので、全くデタラメと言う訳にはいかない。一連の必要書類を何とか作り終えて、ホッとした所であります。
 何かちょっと気が抜けてしまった。誰も言ってくれないから自分で言うのだけれど、『僕もまだ、捨てた者ではないな』と思う次第であります。ただ、他人の自慢話のようなことを、聞かされるのは何方も好まないのは百も承知です。

 2018.05.23(水)

 第一生命保険の『サラリーマン川柳コンクール』の結果が発表された。
1位  スポーツジム 車で行って チャリをこぐ
2位  『ちがうだろう!』 妻が言うなら そうだろう
3位以下、省略
 私にとって、2位の作品は当を得ている。カミさんはそうは思っていないかも知れないが、我が家はカミさんを中心に回っている。自分の結婚式の時に初めて会ったカミさんの弟に言われた。
 『絶対にカカア殿下になるから』
 そもそも、結婚して42年になるが、初めから貰った給料は袋ごとカミさんに渡し、その中から小遣いを貰っていた。その後、給料は銀行振り込みになったが、通帳や銀行のカードは皆、カミさんが持っている。お金の管理をせずに済むのは楽だが、何と言っても家計を管理している方が強い。
 明らかに誤っていても大多数の人が賛成したり、ある人が持っている権力が絶大だと、その人が言ったことが正解になってしまうことが大いに見受けられる。日大のアメフト前監督の内田氏もその典型のようだ。

 2018.05.17(木)

 昨日、朝にザリガニに餌を与えている時は元気に動き回っていた。しばらくして再び見たら、中の1匹が脱皮を始めていた。ザリガニの脱皮の様子を実際に見ることが出来るなんて滅多にないことである。成長につれて今までの殻が窮屈になって脱皮をする。まるで下着のシャツを脱ぐかのように腰のつなぎ目からすっぽり脱げた。その後、静かになってしまった。飼育の本に脱皮中は触れてはいけないと書いてある。30分ほど見ていたが、外出の予定があり、出掛けてしまった。帰って来て見たら、死んでしまっていた。上手く脱皮が出来なかったのだ。脱皮も命がけなんだ。
 ある施設の会報を読んでいた。所長のコメントがあり、始めの方にコスモスが盛んに咲いていると書いてある。
 『何だ、所長はコスモスも知らないのか』
 コスモスは秋桜と書いて、普通は9月~10月に咲くものだ。違う花と間違えているに違いない。今日、たまたまその施設に行ったら、なるほど花も、葉っぱも紛れもなくコスモスだった。濃いピンク、淡いピンク、白などの花が盛んに咲いていた。鉢うえでなく露地で咲いていた。帰りに全く別の所でもコスモスを見た。季節感がなくなってしまう。
 せせらぎ遊歩道を歩いた。早いものではもう咲き始めているが、あと1~2週間でアジサイが満開になりそうだ。梅雨の雨上がりの合間にみるアジサイは素敵だ。やはり時期に合わせて咲いてもらいたいものです。

 2018.05.13(日)

 今日は母の日だ。僕の母はもう既にいない。存命と仮定すれば今年98歳である。まあ、亡くなっていて当然な年齢である。母のことは好きでなかった。大人になって考えても、外面は良かったが、内面はずいぶんわがままな人であったと思う。老年になって父母だけでは暮らせなくなって、我が家で一緒に暮らすことになった。姉は同居すると考えただけで、鳥肌が立つと言っていた。それでも母は母である。
 昨日、散歩のコースで商店街を通ったら、花屋の前には花の小鉢が並んでいた。母の日の花として、最近は必ずしもカーネーションだけではないようだ。宅配便で長女から我が家に届いたのは、カーネーション、カスミソウ、キンセンカを盛り合わせたものだ。次男の夫婦からはカーネーションの鉢だった。
 次男夫婦は電車で駅の数で4つほど離れた所に住んでいるが、中々我が家に遊びに来ない。昔と違って、夫婦仲良く暮らしていれば良いと思っている。あれこれ干渉したくない。そう言えば、早いもので結婚して丸一年過ぎた。早いものである。

 2018.05.04(金)

 昨日から長女と孫たちが1泊して帰って行った。上の孫は幼稚園の年中である。ザリガニを見せた。初めて見ると云う。手を近づけると、ザリガニは威嚇してハサミを上げる。どうも怖くて触れない。慣れてきたやっと指先で触れることが出来た。
 幼稚園でウサギやハムスターをだっこしているのに、初めて見るザリガニの威嚇は怖いらしい。
 見ているとそのうちジャンケンを始めた。ザリガニはいつもチョキしか出せない。いつも勝ってばかりだからつまらなくなって、すぐに止めてしまった。ザリガニとジャンケンするなんて、子供の発想は突拍子もないものだ。3~8歳向けの飼育の本があったので持ち帰らせた。
 色々な小動物の飼い方が書いてある。そのうち、カブトムシでも何でも良いから飼ってみたら良いと思う。

 2018.04.29(日)

 世の中、GWモード真っ盛りである。家の前を通って行く通勤の人も少なく、車の通行も幾分少ない感じがする。通常、週3日しか勤めに出ないから、わざわざ混んでいる時期に出なくと良いと言う考えと、外出すると疲れてしまう。こんな筈じゃないと思いつつも出掛けた後の疲労感を思うと外出が億劫に成ってしまう。
 かくして、前半の3連休は自宅での静養としている。4/21にGETしたザリガニは元気である。8日間の間に2匹が脱皮した。成長するにつれて、硬い鎧のような外皮が窮屈になると脱皮する。本棚に在った子供向けの飼育の本に拠れば、年に2~3回脱皮するそうだが、ハサミの先まですっかり抜け替わるから、知らない人が見れば、死んでしまったか、突然匹数が増えたと早合点してしまうほどだ。僕は子供の頃、ザリガニを飼っていたから経験済みで承知していたが、カミさんは死んでしまったと思ったようだ。
 勤めるようになって、通勤時間が出来たことにより、本を読む冊数が復活した。もちろん、何でもかんでも読めば良いとは思っていない。新書版が多いが、読む内容についても考えている積もりだ。冊数はやはり目安になる。4月はそれでも9冊読んだ。休職中で有り余る暇があると返って読めないものだ。
 ホームセンターに行ったら、ナス、キュウリ、トマト、シシトウなどの苗をたくさん売っていた。今が丁度苗のうえつけ時期である。2年前までは畑が有ったのでたくさん買った。今はもう買うことができない。若い夫婦が大きめのプランターとナスの苗を買っていた。分かっている振りをしてアドバイスしようと思ったが止めた。余計なお世話である。自分だって他人の助言は受けたくなかった。自分の思うようにやって段々経験して理解していく方がよほどためになる。

 2018.04.22(日)

 朝っぱら7:30に我が家を出て、ホームセンターに行ってきた。昨夜寝る前にザリガニの様子を見に行った。容器の中に4 匹居る筈なのに、2 匹しか居ない。水面から容器のふちまで10cmくらいあったから、逃げ出すことはないと思っていた。夜中の12時近くに懐中電灯を持って、バルコニーの大捜索である。もっとも、捜索隊員は一人である。1匹はすぐに見付かった。もう1匹は中々見付からない。うえ木鉢や、水を貯めて置く容器を移動したりと随分てこずった。
 ザリガニはエラ呼吸である。湿っている所なら何とかなるかも知れないが、長い時間水のない所では生きていけない。急遽、押入れからふたつきの飼育ケースとエアーポンプを出して来て、容器を入れ替えた。飼育ケースは小さいので買い換えざるを得ない。
     ホームセンターに直径40mmの塩ビパイプ500mm長さのもの¥179*が丁度有った。水槽のコーナーに廻ると、結構な値段である。売り場をあちこち見て廻ったら、透明の衣装ケースふた付きがあった¥529*。これなら大きさも十分である。
 家に戻り、塩ビパイプを四等分に切って、4つの部屋を作った。ザリガニの隠れ家には持ってこいの長さである。衣装ケースに水を張り、塩ビパイプを入れ、濾過器付きのエヤーポンプをセットした。ザリガニを移動しようとしたら、1匹が亡くなっていた。残念、共食いで頭の部分が無かった。土の中に埋葬した。お経はなし。
 水槽に残り3匹を入れてしばらくしたら、1つの隠れ家に3匹とも潜り込んでしまった。後になって見たら、やはり一部屋に3匹は窮屈らしく、一部屋に1匹ずつに収まっていた。落ち着いたのは誠に結構なのだが、隠れ家に篭りっきりで、昼間はちっとも散策に出ないから見ることが出来ない。ザリガニの世界には、ずっと家に篭りっきりでなく、1日何歩歩くことが望ましいと云う指針がないものなのでしょうか。メタボになってしまうよ。

 2018.04.21(土)

 川崎ではちょっと知られた通称『つつじ寺』と呼ばれる等覚院にツツジ見物に行って来た。ネットで調べても、ツツジのめい所は多々あるが、老年になる疲れることを考えるとどうも遠くは億劫になる。近場で済ませることにした。

 

 桜もそうだったが、今年はツツジの開花が早い。今が丁度見頃だ。来週末ではもう遅いかも知れない。
 等覚院の後は東高根森林公園に行った。新緑が素晴らしい。森の中を歩いている匂いがする。何とかイオンが発生しているのだろう。思う存分深呼吸をする。
 公園内では動しょく物の採集は禁止である。唯一、アマリカザリガニだけは増えすぎてしまい、採集、持ち帰りを許している。子供たちが棒の先にタコ糸をぶら下げ、糸の先端に裂きイカと5 円玉の重しを付け、池でザリガニ釣りをしている。せいぜい、小学校低学年までか。
 見ているとザリガニの居そうもない所に糸を垂れている。通り掛かりのジイサンが見かねて、ザリガニ釣りの指南をすることになった。夜行性のザリガニは池の周囲近くの石を積み重ねた所に隠れている。そこに糸を垂らすように指示した。
 今日は嬉しいことがあった。実は水生動物が大好きなのだ。多摩川に行って2cmほどの魚を網ですくい大きなフナまで育てた。ザリガニも孵化させて育てたことがある。今日はザリガニをGETしたのだ。
 ザリガニ釣りをやって持ち帰っても家で飼えない子供たちのために、森林公園の出口にバケツが備えられている。ザリガニ釣りをやっても持ち帰られない子供たちが、そのバケツにザリガニを入れて帰る。バケツを覗くと5 匹入っている。その内、4 匹をビニール袋に入れて持ち帰ったのだ。
 我が家の近くにもザリガニが居る場所がある。いつも子供たちがザリガニ釣りをしている。実は僕もやりたかったのだけれど、いい歳をしたジイサンがザリガニ釣りは情けない。ダシにする子供がいない。わが子が小さい時は連れて、ザリガニ釣りに行かなかった。次男はセミ取りに連れて行っても、セミすら掴めなかった。昆虫全般ダメのようだ。結婚して、嫁さんもゴミブリが嫌いのようだから、ゴキブリが出たら二人で震えているのだろうか?生活体験のないのには困ったものだ。
 バルコニーの日の当たらない所に容器をおいて、溜めておいた雨水を入れて放した。煮干も入れておいた。ただ、このままではダメだ。ザリガニが身を隠す場所がない。近くの金物屋に行ったが、適当な物がない。明日はホームセンターまで足を延ばして、アルミ角パイプか塩ビパイプを買って来て、15cmほどの長さに切って住みかを作ってやろう。犬猫は飼う気になれない。ペットの居る生活も良いね。楽しみは続く。

 2018.04.05(木)

 昼ご飯を食べた後、寝転んで新聞を読んだ。読み終わって日課の散歩に出た。昨日に比べて10℃くらい低いと天気世予報で言っていたが、薄着ではやはり寒い。年寄りにはこう温度差があるときつい。途中まで行って、商店街の中にあるBOOKOFFに入ってしまった。
 年金暮らしで限られた小遣いでは、中々新刊書の本屋で購入と云う機会も減った。最近は、BOOKOFFで古本ばかりである。本の中にはやはり賞味期限があるモノがある。古本では現在の時勢が変化してしまっている物が多くて、内容が陳腐化してしまっていることがある。それほど社会の動きは激しい。
 まあ、その点は古本だからと諦める。読んだ本は一応記録している。本を読むと言ってももちろん大切なことは内容である。だが、内容は本を読んで見なければ解らぬ。それでも、H系の本、漫画、バイオレンス、推理小説は始めから読む気が全く起こらず、対象外にしている。
 昨年は余り数多くの冊数を読んでいない。理由は至極簡単、通勤していないからだ。僕にとっては通勤時間と、夕食後風呂から出たあと寝転んで読むのが読書時間だった。夕食後は家人がテレビを見るので、そちらもチラチラ気になり中々ページが進まない。
 出版関係に携わる人の中には、年間500~1000冊も本を読む人がいるそうだが、僕は多くて高々年間100冊と言う所か。昨年なんかは50冊も読んでいない。
 通勤時間に読むための本の調達にBOOKOFFに立ち寄った。新書版のコーナーで本を探していた。BOOKOFFでは始め、新刊の半値くらいの価格を設定するらしい。売れないと段々価格を下げて行き、最終的には『100円+税』のコーナーに移って行く。僕の行く商店街のBOOKOFFは規模が小さい。新書版だと『半値くらいのコーナー』と『100円+税』のコーナーが2~3mしか離れていない。
 始め、460円と260円の2冊の本を買おうと選んだ。横並びの100円のコーナーにも行けば、同じ本が有るではないか。100円の本が汚れているとか、破れている等の形跡は全くない。直ぐに半値のコーナーに本を戻し、100円の方の本を手に取った。他にも同じ題めいの本が両コーナーに見受けられる。何かうんと得したような気になった。始めだと合計720円の物が、税込み216円で済んだ。
 『同一労働同一賃金』と云う言葉があったけれど、素人には『同一本同一価格』としておいた方が良いと思うのだが、古本屋も本の数が多過ぎて、手が廻らないのであろう。
 寒いのと、勤めに復帰して毎日たくさん歩いているので、古本を買ったところで、今日の散歩は途中で止めて帰って来てしまった。