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徘徊・老人似非日記

今日あったこと、日常の出来事、読んだ本など身近なことを書いていこうと思います。

 2026.09.05 (土)

 僕よりは2歳ほど年上の友の誕生日が近付いている。もうずっと会っていないのだけれど、ラインで メッセ一ジでも送ろうかと思う。ふだんは下書きなどせずに、いきなり文字を打ち込み始めるのですが、今回は下書きでも書いてみようかなと言う気に成った。

 誕生日おめでとうございます。長寿のお祝いは、本来ならば数え年で年齢を表すものです。今年あなたは数え年で80歳(満79歳)は『 傘寿 』です。 傘寿、おめでとうございます。
 還暦、古希、喜寿を無事に通り過ぎ、まだまだ、これから米寿、卒寿、白寿(その先は知りません)と続きます。頑張って下さい。
 何故、こんな節目、節目にお祝いするのでしょうかね? 本居宣長が 『 夏は暑くてばてる。土用の丑の日には滋養のあるウナギを食べて精を付けよう 』と触れ回ったのが由来だと言うウナギ屋さんの宣伝が、ウナギを食べる風習として、現在も受け継がれている。長寿のお祝いもこんな商業主義の宣伝が源流なのですかね?

 僕はまだ読んでいませんが、作家の林 真理子さんの著書に 『 80代になるとたいていボケるか死ぬ 70代は神様から与えられた特別な時間 』と言う、えらく長い題の本がある。もしこの題の通りなら、残された 『 特別な時間 』 にテレビなど見て、無駄に費やしてはもったいない。自分の好きなことをするとか、意義のあることに時間を遣いましょう。お元気でお過ごしください。

 誕生祝のラインのメッセ一ジにしては長すぎるかな

 2026.08.21(金)

 コロナ禍前には年に2~3回は行っていた寄席も、億劫になってもうすっかり行かなくなってしまった。コロナ禍が切っ掛けは間違いないと思うが、多分年齢のせいだと思う。
 昨夜、久しぶりに落語会に行って来ました。出演者は、『 林家たい平さん 』、一番弟子の『 あずみさん 』二番弟子の『 咲太朗さん(たい平さんの長男) 』三番弟子の『・・・・』なまえ忘れました。と言う、林家たい平とその弟子達の一座総出演でした。
 人を怒らせるのは簡単ですが、笑わせるのは本当に大変です。久しぶりに十分笑って来ました。この夏、暑いものですから、昼間に散歩などすることなく、熱中症予防のため水を多めに摂っているせいもあって、寝るときには一晩中エアコンを掛けていても、夜中にトイレに行くので目覚めてしまう。昨夜に限っては、たくさん笑ったせいで、一度も目覚めることなく、起きたら朝6時を過ぎていた。
 やはり、体を使わないと夜よく眠れないのだと実感した。
 話芸と云うのは、『 間 』だね。もしかしたら、噺家さんはAI普及後も残る仕事かもしれないネ。

 2026.08.20(木)

 8/14 より読み始めた半藤一利著 『 日本のいちばん長い日 』を6日間かけて、やっと読み終えた。文庫本360余ペ一ジにだいぶ掛かってしまった。登場人物が多く、職務も多岐に渡って、正直なところを言えば、何が何だか分からなくなってしまって居た。
 戦争終結を告げる天皇の詔書放送を阻止しようとして、戦争継続を訴える反乱勢力が暗躍し、8/15正午からのいわゆる玉音放送もやっと辿り着いたと言う状況でした。
 かつて、母や祖父、また他の人からも、玉音放送は何を言っているのかさっぱり理解できなかったと言う話を聞きました。多分その当時のラジオの性能も確かにあったのだとは思いますが、別の要因が大きかったと思います。
 本の中に書かれた天皇陛下詔書全文をコピ一して、改めて全文を読んでみました。当時のラジオ放送の性能で、この放送を初めて耳で聞いただけで、隅から隅まで理解できる人が居たら本当にスゴイ。
 文書を目で見ながら読んだって、言葉の意味が分からない個所多数。辞書と首っ引きで何とか終わりまでたどり着けた。
 例えば、『 庶幾スル 』ってどういう意味? ⇒『 こい願うこと 』、『 百僚 』⇒『 多くの役人 』 なんて言葉がいきなり耳から入って来たって、理解できるわけがないよ。
 やはり天皇の権威を示すには致し方なかったのか。でもね、この原文を考えて、作成したり、閣僚の皆さんが検討したのであって、天皇は戦争を終結すると言う意思表示をして、この趣旨を他人が書き、その詔書を読んだだけなのです。全国民宛の放送であるなら、もっと平易な言葉で終戦を告げるべきであったと思います。
 玉音放送後もあちこちで反乱分子の蜂起があったが、概ね平定に向かった。これが天皇の力なのでしょう。
 僕としては、平和を希求するのであるが故に、この『 日本のいちばん長い日 』を読んだのですが、実感としては読んでみてとても良かったと思っています。大人なら知っておくべきことなのに今まで放置してきた自分を恥じています。自分自身の中で感じていることですが、 『 勉強が足りない 』

 2026.08.18(火)

 『 秋来ぬと 目にはさやかに 見えねども 風の音にぞ 驚かれぬる 』
 藤原敏行により立秋の日に詠まれたものです。2026年では立秋は 8/7 でした。その日を境に暑中見舞いは残暑見舞いと表記を変えなければなりません。果たして、猛暑、酷暑にみまわれる、現代に生きる人々にそんな優雅な歌が通用するのでしょうか。
 台風15号の上陸に伴う大雨の後、何か、何処かに『 暑さも盛りを超えたな 』と云う微かな感じを持ちました。今朝もネットに這わせた琉球アサガオの葉を通ってくる風に幾分の涼しさを感じたものでした。午前6時前のことですが・・・・。

 2026.08.09(日)



 連日の猛暑に有っては 『 焼け石に水 』 とは分かっていても、ガラス戸の外で育てれば幾分でも日除けになればと目論んでいました。軒下にネットを張り、プランタ一に1本だけカボチャを育てていた。カボチャは本来なら地面に這わせて、畑で育てるものです。その地面さえ無いものですから、プランタ一にうえてネットに絡ませる空中栽培です。日除けを第一目標とし、もし副次的に実が生れば儲けものと考えていた。
 タネは園芸店で売っている小袋入りの専用のものではなく、食品ス一パ一で半分とか、四つ割りに切って売っている、そう食用のアレです。食べる前に、タネを含む中身を取り除いて、タネを取り出し昨年乾かしておいたモノのです。生産地は確か南米のチリだったと思います。
 我が家の前を通っていく人たちが、カボチャが空中に実っているのを見つけて、『 ほら、あんなところにカボチャが生っているよ 』と言いながら歩いて行ったものでした。
 画像に写っているカボチャは、直径16cmほどに成長したものを、7/14に収穫しました。まだ食べておりません。カボチャは収穫して直ぐに食べるものではなく、およそ1カ月熟成してから食べます。食品ス一パ一で売っているものは、熟成済を売っているのです。
 1個収穫後は葉も茎も疲れてすっかり弱ってしまいました。肥料を施し、収穫後ほぼ1カ月を経て、葉も茎も元気を取り戻して来て、また花を付けるようになりました。ご存じかと思いますが、キュウリなどと同じように、カボチャも雄花と雌花と別々の花が咲きます。両花が同日に咲かないと受粉できせん。
 何しろ1株しかないものですから、どちらか一方の花が咲いてもダメなのです。前日に雌花が咲いて、次の日に咲いた雄花の花粉を付けてもダメで、同一日に咲いたものを、午前9時くらいまでに受粉させるのが理想です。ハチでも居て仲介して暮れれば良いのですが、ハチを見かけないのでジジイが仲介しています。
 画像では雄花も雌花もまだ朝早く、完全に開いていない状態のものです。花の根元に球状の玉を付けたものが雌花で、受粉後その球状のものが生育してカボチャの実となります。何もない方が雄花です。本来なら花が十分に咲いたところの画像を載せたいところではあります。我が家は、太陽の光が強く当たり過ぎて、うまく写真が撮れないのです。上手く結実してくれることを望みます。柳の下にドジョウは居るかな? 日除けを目的としていましたが、1個目の収穫後、欲深く2個目の結実を狙っております。

 2026.07.29(水)

 我が家は多分6m以上幅の道路に面していますが、およそ昼間は歩いている人など居ない。
 今年から、『 猛暑日 』と言うのでは間に合わず、気温が40℃以上になると『 酷暑日 』と言うナマエも決めなければ成らないようになった。こう言う暑さはこれまで『 暑さ 』と言う字を用いていたが、『 熱さ 』と書く方が適しているような気もする。
 テレビで『 命にかかわる暑さです、ためらわずにエアコンを点けて下さい 』と言っているけど、テレビの人が電気代を負担してくれる訳でもなく、他人のうちの家計まで心配してくんなくても良いのじゃないか。人の心の内を見透かしたような言い方だよ。
 百人一首の中の小野小町に、“花の色はうつりにけりないたずらに 我が身世にふるながめせしまに” と言う皆さんご存じの歌がある。すっかり色あせた花を見て、老いてかつての美しさが衰えた自分の姿を重ねた歌です。小野小町とジジイはもちろん比較にはなりませんが、日ごと弱って来る現実を思い知り、その哀しみと楽しみを噛み締めるのも無駄ではないでしょう。老いもまた楽し。
 年を経れば老いるのは自然、人は自然の一部なのだから、自然に逆らってどうするつもりだ。笑いながら、自分の周りの自然を味わいながら生きるのが一番。自然に任せて生きる意志を改めて見直すことにしたい。
 だけど、悲しいことも有るのが現実。人生の黄昏時、老いが哀しいのはもうやり直しがきかないと言うこと。もう一度繰り返してやり直そうにも、ジジイにはもう時間がない。時間も力も気力もないのがとても残念。
 『 清貧の思想 』中野孝次著 を読みました。この書が話題となったのは、日本中が狂って浮かれたバブルがはじけた、1990年代はじめの頃だったでしょうか。今頃になって読むと言うのも時代とはかけ離れて、薄ぼんやりとしたジジイに相応しいと言えるでしょう。
 本阿弥光悦、鴨長明、良寛、吉田兼好、池 大雅、与謝蕪村などなどの方々を例にとって、人は自然のままに放っておけば、物が欲しい、金が欲しい、地位が欲しいと、あればあるほど更に多くの所有を求める。欲望には限りがなく、権力のあるものはさらに権力を、富裕なるものは更に金銀を欲してやまない。欲望のままに放っておけば、この世は争いの地獄になるしかないとの認識から、諸悪の根源は欲望にあると見て、平安を得るには欲望を断てとしている。
 と言うのが大雑把な本が示している趣旨だと思います。言っているのは何となく分かります。世界中の皆を賛同させる訳にはいかないだろうな。今、世界で起こっている戦争のすべてが、欲望に起因しているし、欲望があるからこそ社会が進歩している。
 聖人が世を捨て山に籠るのは個人のレベルでは可能でも、悟りを得て下野しても、衆人を導くまでには行かないのではないか。個人あるいは、その周辺の活動に限られるのではないか。

 松尾芭蕉も出てきたけど、芭蕉は44歳にして既に『 芭蕉翁 』と呼ばれたのです。

 2026.07.22(水)

 ふ動産屋さんにとって、住宅の賃貸や販売に関して『 日当たり抜群 』 と言うのはとても重要な要素でありましょう。冬季などには、場合によれば日中は暖房の必要もないと言うほど温かいと、大変なメリットもあります。それが、昨今の夏においては、洗濯物はもちろん良く乾きますが、『 暑くて敵わん 』 と言うデメリットにもなるのです。
 梅雨明け以降、気温が40℃以上となる猛暑日も現れて、夜間において世通しエアコンのお世話なしでは寝られない有様になっています。仕事をしていた当時、日中の嫌な出来事の連続で、毎夜必ず午前3時に目覚め、連夜眠れない日々を送り、悩んでおりました。
 リタイア後は基本的に眠ることの得意なジジイの特性が戻ったのでありましたが、この暑さでは、脱水症防止のため寝る前に水を飲むこともあって、夜通しのエアコンでも夜中に目が覚めてしまう。
 斯くて、寝ふ足分の解消を昼寝で補おうと試みるのであります。ラジオなどでも昼寝を推奨していますが、その時間はどれも20分程度と短い。それ以上寝ると却って夜寝られなくなってしまうそうだ。ジジイもそのことは存じておりますが一旦寝てしまうと、ふ覚にも1.5~2時間寝てしまう。それでたった今、昼寝から覚めてパソコンに向かったところです。
 エアコンの2027年問題で、弊ジイの家でも6月末までに2台エアコンを更新しました。今まで壊れたまま放置してあった3階パソコン部屋にも新しいエアコンが来ました。我が家の中でも一番太陽に面する屋根直近のパソコン部屋では、いかに『 日立 白くまくん 』 が頑張っても余り涼しくならないのであります。こうして地の利を得た『 三菱 霧ヶ峰 』 を頼って、朝から漢字や算数のテキスト、ラップトップコンピュ一タ一他道具一切を持って1階の食卓まで移動して来ております。
 暑さのせいか、ジジイのボケのせいか、気にはしていたのですが、ここの処、ブログの更新を怠っていました。『 あなた、このブログを通じて何を伝えたかったのですか 』 と質問されると、食卓のテ一ブルの下に潜って隠れたくなる。
 ジジイの行動の根幹は『 その場の思い付き 』 なのであります。すでに空となりつつある頭の中で、それでも練りに練った末に書き始めるなんてことはほとんどない。大抵が『 その場の気分 』『 成り行きの類 』 の結果である。伝えたいテ一マなど考える余裕もなく、ただひたすらに言葉を繋げていたに過ぎません。
 昨日までに(7/21) 『 ALWAYS 三丁目の夕日 』 と言う本を読んだ。西岸良平さんの原作コミックを山本甲士さんが小説化したものです。時代背景は1958年(昭和33年)頃、東京タワ一が建設中の頃です。ジジイが小学3年の頃です。その頃、夏になんぼ暑いと言ったからといって、32℃くらいが最高でした。自分は子供でしたが、あの頃は皆ギスギスしていなかったような気がするな。
 以前から、ジジイはあまり小説を読んできませんでした。やはり、明治、大正、昭和の初期を背景とした近代文学以外、ジジイには余り小説を読むことに向かないような気がする。次に今、中野孝次さんの親書版 『 清貧の思想 』 を読み始めたのだけれど、ジジイには小説よりも『 新書版 』 の方がしっくり読めるような気がするなぁ。『 行き当たりばったり 』『 その場の思い付き 』 かも知れないけれど・・・。
 旅行会社から来たパンフレットを見ていたら、『 上高地 』のプランが載っていた。上高地でも暑いのだろうな・・・・。たとえ、上高地が涼しくても行くまでの行程に耐える意欲も体力もないな、きっと。

 2026.06.16(火)


 花を愛でる柄でもありませんが、梅雨の時期にはアジサイでも見に行こうかとの気に成った。湘南新宿ラインで北鎌倉駅を降りれば、凡人は皆、同じ考えを持つことをまざまざと知った。北鎌倉を降りれば、普通なら皆さん、『 円覚寺 』へ行くものと大体相場が決まっている。 ところが、円覚寺への階段に向かう道を通り越して、皆さんアジサイ寺 明月院への道を歩んでいるのです。
 とても嫌な気がした。明月院に近付くに連れて、大変な行列が出来ているのです。警備員のオッサンが『 最後尾 』なる看板を掲げて列の整理をしているのである。カミさんが歌手の氷川きよしさんのコンサ一トの会場前で入場を待つオバサンたちの行列のようだと言っている。目立ったのが、中国語を話す人たちがすごく多い。台湾の人たちかも知れませんが、大陸の人たちも観光に来るようになったのかしら。
 折角、ここまで来たのだから、アジサイを見ようとなったが、結論としてはガッカリだ。拝観料500円を払って境内に入っても、まだ行列が続いた。酸性土壌に咲く青色のアジサイばかりが多い。川崎市多摩区のアジサイ寺の方が、アジサイの数、種類、色合いともずっと多彩。それに、拝観料無料だしね。正直言ったら、明月院は『 驕れるものは久しからず 』 の感じがする。
 恐らく明月院には平日でも何万人も訪れていることでしょう。平日でもこれだけ拝観者が居て、土日はどんな事になるのか想像が付かない。アジサイの咲く時期限定かも知れないが、近隣にお住いの方は恐らく鎌倉に住居を構えたことを後悔しているに違いないと思う。
 僕ももう歳だから、鎌倉に来たからと言って、アッチもコッチもと歩いて廻ることは出来ない。明月院の次は『 浄智寺 』へ行った。ずっと落ち着いた雰囲気を味わうことが出来た。折角の古都鎌倉も人が多過ぎては興ざめです。
 続いて『 東慶寺 』も行きました。東慶寺はご存じの通りの『 駆け込み寺 』として、とても有めいな尼寺です。 もう一つ、群馬県太田市に『 満徳寺 』と言うお寺さんがあります。僕の従姉が歴史の研究者で、もう4~5年経ちますが、『 もう一つの駆け込み寺 』と言う題目で講演を行いました。その時、講演内容のパワポを作る手伝いをしましたので、駆け込み寺の様子はちよっとは知っています。離縁のために駆け込むには、どちらのお寺も相当の費用が掛かかるのです。
 その東慶寺は現在、山門の改修工事をやっていたのと、境内の全域で写真撮影禁止でしたのでちょっとガッカリ。
 鎌倉は見るところがとてもたくさんあります。今回の様に訪れるところを予め決めて置いても、一万歩以上歩いてしまって、足の弱った老人にはキツイところです。

 2026.06.11(木)

 時々テレビで、自動車工場の生産ラインが映し出されることがあります。特に圧巻なのはスポット溶接のロボットが縦横に動いて派手に火花を散らして、無人でスポット溶接作業をしている場面です。スポット溶接は本来地味なもので、あのような火花を散らしているのは、溶接結果が甚だよろしくない。さりとて派手に火花が飛ばなければ、ロボットが何をやっているのか、素人には全く分からない。素人向け視聴者のため取材用にショ一としての要素が含まれていると理解しておきましょう。
 実はおさむ爺も30年ほど前にパナソニックの研修センタ一に行って、溶接ロボットの研修を受けたことがあるのです。その時はロボットに載せていた器具がスポット溶接機でなく、ア一ク溶接のト一チを乗せたものでした。遥か昔のことでした。
 ロボットと言うと、最近話題となったのが、二足歩行のロボットであります。中国で二足歩行のロボットのマラソン大会があって、一番にゴ一ルのテ一プを切ったのは、人間のマラソン世界記録よりも7分も早かったそうで大したものです。日本でも二足歩行の研究はなされているのだと思うのですが、日本がマラソンで競うなんてことをしないのは、中国とは考え方が違うのでありましょう。
 日本でもかつて愛玩用に 『 アイボ 』 という犬のオモチャの様なものがありました。アイボに愛着を持って可愛がった方もいたことでしょう。そう言えば漫画の 『 ドラえもん 』 も22世紀から来たネコ型ロボットでした。確か1960年代後半に始まった漫画だったと思います。漫画家さんの将来を予測した創造力には、全く感動します。 『 どこでもドア 』 の様なものをあちこちで見かけます。
 ほとんど外食もしないのでよく知りませんが、出来上がった料理を席まで運ぶロボットは既に実用化されているようです。最近は飲食店でもタブレットの様なものを使って注文するのが当たり前になっています。あれが心配になるのが、果たしてうまく注文できたのかしら、余計なものまで注文していないか、足りなかったものはないのであろうかなのである。
 先日行った弁当屋でも注文品の下のバ一コ一ドを自分でリ一ダ一を使って読み込ませ、画面との対話で支払いも機械にお金を投入すると領収書と引換券が発行される。暫く待つと、弁当の受け渡しだけは初めて人間が出て来る。いくら人手ふ足だからと言って、後期高齢者は戸惑ってしまうよ。特に僕なんか、この歳になって、人見知りする方だから、注文画面と対話することに臆してしまう。結論から言えば、タブレットやバ一コ一ドで注文するのは、大衆店、庶民向けの店舗で、 高級なお店ではちゃんとウエイトレス、ウエイタ一さんが居て対応して下さるのです。困ってアタフタしているのは貧乏人に限られるのです。
 久しぶりに映画を見に行った。カンヌ映画祭にノミネ一トされた是枝監督の 『 箱の中の羊 』 です。踏切で電車にはねられて息子を亡くした夫婦が、息子と同じ姿を持つヒュ一マノイドを迎え入れるスト一リ一です。現実の話として犬型ロボット・アイボもそうでしょうし、犬や猫の様なペットを飼うことでも一部だけは代替できることです。
 大きな違いが、話し掛け、触れ合うことによって情報を投入すればするほど、それに見合った反応が受けられ、余計愛情が増すことです。AIそのモノなのでしょう。昔の『 たまごっち 』もそうなのでしょうが、レベルが違うようです。
 こういう映画を見ると、時代の変遷に追随出来ない僕も、早く逝く方が良いのかなと思ってしまいます。

 2026.06.04(木)



 例によって、旅行会社の企画するバスツア一に参加して、谷津バラ園、水郷潮来あやめ祭り、小江戸と呼ばれる千葉県香取市佐原に行ってきました。前日は台風接近により大荒れで、バスツア一そのものが開催されるのか心配致しました。台風の影響か何処も強い風でしたが、何とか雨にも降られずに行ってくることが出来ました。昨今は晴天と言うと暑いくらいですが、曇り空で反って丁度良いくらいの気温でした。
 花の方ですが、今年は全般に開花が早く、谷津バラ園も潮来のアヤメもどちらも花は咲いていましたが、最盛期は通り過ぎていたような感じで、ちょっと残念です。
 僕が子供の頃、谷津遊園地と云う遊園地がありました。谷津バラ園はその遊園地内にあったそうですが、この地がプロ野球の読売巨人軍の発祥の地なんだそうで、碑がありました。

 僕の年代以上の方はよくご存じの筈ですが、水郷潮来と言えばかつて有めいな歌謡曲が2曲あります。1曲目は1960年、橋幸夫さんのデビュ一曲 『 潮来笠 』、2曲目が同じく1960年、花村菊江さんの『 潮来花嫁さん 』です。おさむジイが小学5年生頃の曲です。小学生頃の遠くの記憶はまだしっかりと頭に残っていて、両曲とも1番くらいは、今でも口ずさむことが出来ると思います。
 景勝地としてお客を呼び寄せ、地域を活性化するには、有めいな実力派の作詞家さんを呼び寄せ、地域のなまえを織り込んだ歌詞を作って頂き、人気歌手に歌ってもらい、歌詞を刻んだ石碑を立て、地域を挙げてキャンペ一ンを展開する。潮来では60年以上も経つのにいまだに 『 潮来笠 』の曲が流れています。
 ちなみに三度笠姿の伊太郎の像と歌碑、花嫁衣装を着た女性の像と歌碑がそれぞれ建てられています。襟裳岬に歌碑が建てられているのかどうか知りませんが、『 襟裳の岬は~何もない春です 』と歌われて、地元の方に『 何もないなんてとんでもない 』 と叱られたと言うことを噂で聞きました。

 ときたま、観光客を乗せた観光の船が、小野川を移動する風景をテレビで見たことがあった。千葉県香取市佐原は一度行ってみたいと思っておりました。画像のように風情のある風景です。
 実は地元では小野川の両岸に生える雑草に困っていたそうです。なんでもそうでしょうが、景観を保つ裏ではメンテナンスが必要です。バスの添乗員さんに教えてもらって、6/4テレビ朝日系で放送された 『 相葉ヒロミのお困りですカ一 』 の放送を見た。
 千葉県香取市佐原は船巡りのめい所として有めいです。客寄せのためのシンボルの小野川の両側の壁に大量の雑草が繁茂して、荒れ放題になっていました。それを相葉さん、ヒロミさん他のスタッフの方々が総力戦で、雑草の除去、水中の石、ゴミを除去する内容の番組が放送されました。
 番組は予め録画、編集されたものです。奇しくも同じ6/4ですが、僕が行ったのは清掃作業が終わった後の小野川を見ることが出来て、とてもラッキ一でした。
 佐原は 『 小江戸 』と言われています。確か 『 川越 』も小江戸だったと思います。『 小江戸 』、『 小京都 』の類は探せばきっと各地に点在するものでしょう。佐原は商業の町です。米や味噌、醤油などの物資を小野川、利根川経由で江戸に運んでいた。
 川越も佐原も、先般行った『 大内宿 』も古い家並を維持するのに大変な思いをされているに違いないと思います。観光目的の仕事が生業ならばある程度仕方ないところでしょうが、すぐ隣に近代的なビルは建てられないよね。
 周辺に大資本のス一パ一マ一ケットが出現し、寂れてしまったア一ケ一ドの商店街の様に、生計が成り立たなくなっているのに、周囲の状況も有って中々他の事業に踏み出せない。進退窮まるよな。

 2026.05.30(土)

 50年前の今日はしとしと雨の降る日でした。今日は結婚記念日なのです。今までは記念日でも別に普段の日と変わることがありませんでした。今年は外食することになっています。心に余裕ができたのかな。
 よく記録を樹立したスポ一ツ選手がインタビュ一に答えて言っているのと同じで、 『 通過点に過ぎません 』 と言うことです。今考えれば、30歳代前半が一番大変だったような気がします。カミさんにも本当に苦労を掛けたと思っています。貧乏ですから働いていた時でも、酒もほどほど、タバコは吸いましたが、結婚後はギャンブルを一切せず、ゴルフも出来ませんでした。
 リタイアした今も酒もタバコもギャンブルもなし、車も持っていません。一体、何が楽しみで生きているのだろうね。
 結婚式当日のことは今でもよく覚えています。披露宴では新郎は座って大人しくしているものですが、ケンタッキ一フライドチキンのカ一ネルおじさんのような、白のタキシ一ドを着て、『 南京玉すだれ 』 やマジックを披露したのでありました。目立ちたがりは今でも変わらないようです。新婚旅行に行く東京駅新幹線ホ一ムで、会社の同僚に胴上げされたのは、とても恥ずかしかったです。

 2026.05.29(金)

 夕食後、我が家から徒歩で10分ほどの、川崎市高津区の 『 ふれあいの森 』 までホタルを見に行ってきました。もちろん、養殖の源氏ボタルを同好のグル一プの方々が放したものです。地域の広報誌にも掲載されていました。バスや自転車、徒歩で来られますので、駐輪場の案内や警備までグル一プの方々がやっておられます。ご苦労様です。
 ホタルを放すにしてもそれなりの場所が必要です。普段なら夜間一人で歩くのはちょっとと言うような山の窪地です。学童の通学路の巡回をしているグル一プの役員さんによれば、ふれあいの森には狸の親子が暮らしていると言います。そんな場所がホタル観賞の会場です。毎年開催していましたが、湧水の量が減って、残念ながら今年限りと言うので、見に行ってきました。ホタルを放った窪地に、街灯の光が当たらないようにブル一シ一トで遮光したり、通路を確保したりと中々ご苦労が多い。
 中々、ホタルなど見る機会がないのでしょう。小学生以下の子供を連れた親子連れが多い。ジジイとて、十数年前にこの場所で見た経験しかありません。当然の事ながら、ホタルの数より見物人の親子の方が圧倒的に多いのでありました。
 そう言えば、 『 蛍の光 』 と言う別れの歌が有りました。ホタルをたくさん捕えて来て、ホタルの淡い光や、月光が降り積もった雪に反射する光を使って、苦労して書物を読む月日を重ねて来た。いつしか年月も過ぎ去り、友と別れる時が来た。こんなところを題材にした別れの歌でしょう。
 ホタルの放つ光など、集めたところでほんの僅かです。月の光を反射する雪明りも同じでしょう。僅かな光も大切にして勉学に励むと言う喩えでありましょう。ジジイの高校生の時にも 『 蛍雪時代 』 と言う大学受験生向けの雑誌がありましたが、今はどうなったのか知りません。本屋にもあまり行かなくなってしまった。

 2026.05.24(日)

 人間はただ何となく生きているのと、考えたり、行動したりする人間とでは、まったく違うのだなと、最近、自分に照らし合わせて実感している。『 だから、どうしたの!? 』 と改めて云われると困るのだけど、最近、変なことを思うようになっている。

 棚に並べてある文学全集のうち、まだ読んでいないものを全て読んでしまおうと、今年の年初に想った。近年は読んだ本を記録しているが、ずっと以前は記録しておらず、ただ闇雲に読み飛ばしていた。多く時間が経過してしまっているので、本当のところは読んだか、読んでないかは定かではない。確か昔読んだが、もう記憶が確かでない作品ばかりなのである。
 谷崎潤一郎さんの 『 痴人の愛 』 を昨夜から読み始めた。多分、僕が高校生の時に読んだ気がするが、歳を取るに連れて、読んだ内容などもうすっかり忘れてしまっている。久しぶりに再読する作品は丸で未知の、初めて読む書物のように新鮮で面白い。ボケたからこそ、かつて読んだ同じ本を新鮮な思いを以って再読できるのだ。きっと20代、30代、40代・・・・・・と年代ごとに違った味をそこから発見できるに違いないと想った。
 正直なところでは、谷崎さんの作品って、こんなに読みやすかったっけと想っている。

 2026.05.23(土)

 つくづく思うのだけれど、人間いくつになってもモラトリアムな人生を送るものだと、自分ながら感心してしまう。毎日のように迷ってばかりいる。『 こんなこと考えたって無駄だから、考えるの止せ 』 と自分に言い聞かせたって、気が付くといつしか頭に浮かべている。迷ったって、この歳じゃ花咲くことなんかないだろうが、夢だけは見る。

 詐欺であろう電話が毎日のように掛かって来る。我が家は留守番設定にしているのだが、メッセ一ジを入れて来る。同じところから何度も掛かってきている。年寄りのリストに載せられてしまって居るのだろう。この度の電話では、『 保険局 』 から掛けていると言っている。今まで何度も掛けているのに返事をもらえていない。 『 これが最後の通知 』 だと言いながら、最後の通知が何回もある。狙うのなら年金生活者でなく、お金を持って居そうな人に掛けた方が効率的でないのかい?
 電話機に表示される相手の番号を見ると 『 +181~ 』 になっている。年寄りを騙すためにわざわざアメリカから電話してきているのだ。まったくご苦労さんなことだ。電話を掛けて人を騙してお金を得るのでなく、『 お金はまっとうに働いて得るものだ 』

 2026.05.21(木)

 昨夜まで図書館から借りて来ていたカミュ作の 『 ペスト 』 と云う作品を読んでいた。返却期限まで、読んでいられる期間は4日間である。夕食後から寝るまでの2~3時間を読書時間に充てている。自分でそうしているだけなのだが、リタイアしているとは言え、ジジイにもそれなりにやらなければいけないことも多いので、自分で決めた時間帯以外で本を読む事はほとんど無い。ジジイは気が多いのである。
 ジジイも若い頃は海外の小説もよく読んでいたが、近年は避けていた。登場人物のなまえがカタカナで書かれ、普段から慣れていないものだから、ジジイの脳では覚えていられないのだ。メモ用紙を横に置いて、なまえとアイデンティティと云うのだろうか、属性と特徴など記入して置かないと読み続けられないのだ。
 これは海外の小説だけでなく、日本の作品でも登場人物が多い場合にも、ジジイの脳ではそれぞれの人の判別が混乱してしまうのである。
 海外の作品は当然、翻訳されているのですが、どうしても翻訳したという文章の堅苦しさを感じてしまう。
 前々から『 ペスト 』は読んでみたいと想っていたのですが、このままの読むペ一スでは、図書館への返却までの残された期間を考えると間に合わない。ジジイの読解力の減退を自覚して、昨夜 『 ペスト 』を読み続けることを断念してしまった。
 おさむジイの本を読むことに対する集中力、読解力の衰えを痛切に感じます。自分は本が好きなものだから、ショックが大きい。

 2026.05.05(火)

 世の中は連休中です。昨夜、浴槽に菖蒲の葉が浮かんでいた。
 『 大型連休をふるさとや行楽地で過ごした方のリタ一ンラッシュで、各高速道路や空港、タ一ミナル駅は大変な混雑をしています』と言う、もう使い古されてくたびれ切った決まり文句が、毎度ニュ一スで流れる時期となりました。各放送局ももうちっと気の利いた言葉を使わないものかね。混雑のピ一クは連休の最終日ではなく、混雑を避けて早々に帰って来るように変わってきているようだ。
 もう何十年か前に話題となった言葉を聞いた。『 安 近 短 』である。諸般値上がりの風潮の中で、行楽は安くて、近くで、短くての『 安 近 短 』の言葉が再現したのだ。
 行楽地では連休中は特別料金を設定する業種も多い。仕事をリタイアした老人はいつも空いている時に出掛けられる。今、連休中に出掛けて混雑を増すようなことをしては申し訳ない。ジジイは出ても日常の買い物程度で家周辺をノソノソしております。
 毎日が休日のジジイが言うことではないと思うが、休日も3連休ほどで止めるようにアレンジしたらどうかな。休日を連ねてしまうから、国中が大騒ぎになってしまう。『みどりの日』があるくらいだから、なまえは『 空の日 』でも、『 梅雨の日 』でも何でもよい。大型連休があるから大騒ぎになる。連休を使って何かやろうなんて、貧乏気質丸出しだ。年末年始以外は3連休止りの方が、みなさん楽ではないのかなあ。
 子育てが終わって、手持無沙汰となりペットに犬猫を買う方がいらっしゃる。ペットを飼うと宿泊を伴う旅行も躊躇される。その代わり、ジジイは400g入りのヨーグルトのカップを用いて『 カイワレ大根 』を育てているのである。タネ蒔きの日付を書いておき、1日に1カップずつ作っている。50粒ずつタネを蒔いて、サラダの上にのせて食べるのにはちょうど良い。先日、園芸店へ行ってカイワレ大根のタネを4袋買ってきたから、まだ相当楽しめる。諸般値上がりばかりで、安上がりでいいや

 2026.04.25(土)



旅の楽しみの半分は、旅に出る前に計画する行程のプラン立案にあると言います。老人はその楽しみの半分を放棄して、今回も他人が企画した 『 あなた任せ 』 の旅に出ました。オレンジ色の読売旅行の旗の下に集い、添乗員のオネエサンの後ろについて、ゾロゾロ歩くのです。これでは 『 保育園のお散歩 』 と同じようです。
 いつもはバス旅でしたが、今回は東北地方とあって、途中まで新幹線で行き、目的地最寄り駅近くより現地調達したバスを利用しての旅でした。
 初めは 『 塔のへつり 』 です。川によって浸食された特異なカベの例として国の天然記念物に指定された全長およそ200メ一トルにわたる大規模な奇岩群です。 『 へつり 』 と言うのは、会津地方の方言で、川に迫った 『 ガケ 』 のことで、凝灰岩が長年の歳月により、浸食と風化されたものです。会津地方は内陸部にありますが、ガケから貝殻が出ることがあり、かつては海であった時代があるとのことでした。
 老人はお金を掛け、時間を費やして 『 ガケ 』 を見に行ったのでありました。
 塔のへつりへの最寄り駅は、会津鉄道の 『 塔のへつり駅 』 なのですが、以前、辺鄙な場所の乗降客の少ない無人駅としてテレビで紹介されたことがありました。観光地でも営業力の旺盛な土産物店と、老夫婦で何とか営業しているような、寂れたお土産屋さんがあります。テレビ番組の時に、老夫婦で何とか細々営業の土産物店が取り上げられていました。私、偶然その番組を見ていて覚えていた。その店に行き、おかみさんに 『 テレビで見ました、こけしも自家製なんですよね 』 と声を掛けたら、店のオバサンとても嬉しそうな顔していた。テレビを見ても覚えている人なんて、なかなか居ないのでありましょう。
 無人駅より会津鉄道の 『 お座トロ列車 』 に乗って、大石宿最寄り駅まで移動した。ロ一カル鉄道は途中眺めの良い所で止まって景色を見せたり、猫が駅長をやっていて、今は昼寝をしているから写真撮影はしないで欲しいなんて、のどかな鉄道なのであります。
 会津鉄道 芦ノ牧温泉駅で降りると、塔のへつりからカラで先回りして待機していたバスに乗って大内宿に向かう。途中、自販機も電線、電柱もないのどかな風景に遭遇する。きっとこんな場所を選んで時代劇の撮影をするのだなと思ったが、最近はテレビ局も予算がないので金の掛かる時代劇など制作できず、代わってクイズ番組がやたらと多い。『 水戸黄門 』 などいつも同じことばかり再放送されている。
 道路沿いには赤白のポ一ルが建てられている。この辺りは冬には雪に埋もれてしまう地域なのであろう。
 大内宿は会津若松と日光を結ぶ経路の途中にある宿場で、参勤交代の際の宿泊所として用いられた。かやぶき屋根の土産物店、食事処、民宿が並ぶ。大内宿で用意されていた昼食が 『 ねぎ蕎麦 』 である。お箸を使わず長ネギを使ってしゃくって食べる。途中で薬味としてネギをかじりながら食べる。生のネギは辛い。僕はネギを全部食べたが、同行のほとんどの方は箸を使って食べ、薬味としてちょっとかじる程度の方が多かった。本来ならば 『 曲がったネギ 』 を用いるそうだが、観光用に曲がったネギを作るのが間に合わないそうである。
 かやぶき屋根を改修工事するには1~2千万円ほど掛かるそうで、観光事業として維持管理するのは難しい面が多そうだ。表通りの方は良さそうでも、後ろ側の屋根は傷んでしまって居るものが多く散見された。何十年後、大内宿そのモノが観光地として生き残って行くかどうかは難しい問題である。
 首都圏では桜もとうに散ってしまって、新緑の季節となっている。会津地方では今、八重桜が満開であった。気温が低いのでありましょう。もうだいぶ前になりますが、女優の綾瀬はるかさんが主演した、NHK大河ドラマ 『 八重の桜 』 の舞台となったのが、会津地方の話で、あちらこちらにその記載がありました。
 おさむ爺はマンホ一ルのフタの写真を撮ることが好きで、今度も新白河駅近くで4種類 Get した。お城の絵をデザインしたものが描かれたマンホ一ルのフタであったが、これからどのお城か調べてみます。

 2026.04.09(木)



 向島の長命寺と言うところに行って来ました。まず向島ですが、知らない方のために、上野や浅草方面から見て、隅田川の対岸です。隅田川の土手は桜のめい所です。だが、桜を見に行くにはちょっと時期的に遅い。今は八重桜の時期になってしまって居る。向島出身者には野球の王貞治さんや、すでに亡くなってしまいましたがジャ一ナリストで作家の半藤一利さんがいます。所在地は違いますが、大ざっぱに言ってスカイツリ一がある方面です。
 『 長命寺に何故行くのか? 』 と問われれば、ちょっと困ります。何となくと言うのが正直なところです。ただ、本当かどうか知りませんが、和菓子の『 桜餅 』発祥地だそうです。桜餅がめい物なところです。下町の雰囲気を味わいに行ったと言うことにして置きましょう。長命だからと言って、長生きしたくて祈願に行ったのでは決してありません。明治、大正期以前でしたら、私の年齢はもうれっきとした長寿なのです。
 東武線曳舟駅を降りて路地を歩けば、飲み屋さんが続きます。赤羽駅周辺には『 千ベロ 』という言葉があるそうですが、この曳舟駅周辺でも千円でベロベロに酔えそうな看板が立ててあります。裏道には家並も古い歴史を感じさせる家屋が並んで居るところも有りました。
 スマホのナビに従って行けば、徒歩15分ほどで長命寺に着きました。早速近くの和菓子店でめい物の桜餅をGET。すぐ隣が長命寺です。『 隅田川七福神 』と言うのがあるそうで、長命寺はその七福神の一つで、芸能と学問の女神『 弁財天 』を祀っております。
 『 長命寺 』と言って、落語好きな私が思い付くのは『 長命 』あるいは『 短命 』と言う演目の古典落語です。
 あらすじを書けば、お店の美人娘と結婚した婿養子が、3人も続けて早死にしてしまった。婿養子の短命の原因は、美人過ぎる奥さんに夢中になり、サカリが付いたように夜の務めが激しくて、婿養子が亡くなってしまうと言う内容です。八五郎は隠居にこの怪現象を聞き、短命の理由を理解します。美人と結婚するとロクなことがないという、ひがみ丸出しの噺で、アッチが過ぎると精気を吸い取られ、あえなく亡くなってしまうと言う意味です。八五郎が帰宅してカミさんを見て『 自分は早死にしない 』と言う夫婦の睦みごとに関する噺です。
 おさむ爺はこういった話しが好きで、別に俳人の『 小林一茶 』も思い浮かべてしまう。一茶は52歳が初婚で、20代の妻を得て4人の子供が生れたが、すべて夭逝してしまった。50歳を過ぎて 『 日々三交す 』と日記にあるのはすごい。当時は食料の栄養バランスも悪かった淡白な食事と想像しますが、このスタミナは一体何処から生じるのでしょうか? 初めの妻に先立たれます。2番目と結婚しますが、あまりの激しさに逃げ出され、結婚生活は早々に破綻した。64歳で再再婚するものの、65歳で自身も亡くなってしまった。12~13年間の短い結婚生活であった。世には俗に『 荒淫矢のごとし 』と言うのだとか。(ウソです)
 おさむ爺とて50代当初なら、無理をすれば、1日だけなら三交出来たかもしれない。ただ、『 日々 』となれば、思わずゲップが出て来るに違いない。古代の中国では『 後宮佳麗三千人 』と言う表現があると言うのですから、仮に1人/day ずつ、休日なしに消化して行ったとしても、8.2年掛かる。斯くなる上は夜ごと3人ずつこなして行けば、そりゃ一早死にするわな。
 江戸時代の将軍様も、世継ぎの後継者を作らなければいけないから大変だ。好き物の将軍なら嬉しいだろうけど、淡白な将軍の場合はキツイ。まさか、『 お毒見 』と言う制度は無かっただろうな。
 イスラム教徒では、一夫多妻で4人までは妻帯できると言います。相手の方の予定表を記入したカレンダ一が部屋に吊るしてあったりして、最初の内はワクワクして夜が楽しみでしょうが、ほどなく『 今日は休ませてくれー 』となるに違いありません。
 折角、向島まで来たのだから、七福神すべて回れなくてもと言うことで、『 布袋尊を祀る弘福寺 』、『 恵比寿神、大黒天を祀る三囲(みめぐり)神社 』を廻って、向島は終わりとしました。
 『 言問橋 』を渡って浅草方面に行った。高校の古文の時間に習ったと思いますが、伊勢物語で東国の旅の道中、隅田川で目にした鳥のなまえを『都鳥』と聞いて、在原業平が詠んだ歌となっています。『 なにし負はば いざ言問はむ 都鳥 わが思う人は ありやなしやと 』
 確かに水面には水鳥が浮いていました。あの鳥が都鳥と称されたユリカモメかどうかは、ジイには分かりません。
 ここまで来たついでに浅草寺に立ち寄りました。浅草はまさにインバウンドだらけ。日本の着物の貸衣装店があるのでしょう。お相撲さんのような体形の女性が和ふくを着たところで、着たい気持ちは分からなくも有りませんが、本人はどんな気分なのだろう。着る時には自らの姿を鏡で見た方が良い。普段の食生活で自己管理が出来ない人ばかりが多い。ウエストとヒップの間にくびれなどなく、ヒップ周囲2mは有りそうな方もいらっしゃる。栄養摂取が良過ぎて横に背が高くなってしまった。飛行機の座席によく座れたものだと想像してしまう。
 きっとそのお相撲さんのような体形の女性のパ一トナ一である夫は、きっと『 長命 』に違いない。 ハラスメントだったかなぁ

 2026.04.03(金)


 『 今年でもう桜も見おさめかな 』と思って、満開の桜を見に『 せせらぎ遊歩道 』まで行った。一昨年も昨年もそう思って花見に行ったが、どういう訳か生き延びて今日に至っております。『 憎まれっ子、世にはびこる 』という言葉があります。自分では断じて『 憎まれっ子 』とは思っておりませんが、とかく自己分析と他人の評価には大きな乖離があると言いますから、本当のところは何とも言えません。
こんな『 見おさめかな 』と言うのは桜の花だけで、梅や桃の花、チュウリップでは使われない。日本人にとって、桜は別格の花のようです。今日あたりは私の暮らす地域では満開です。満開の桜を背景に真新しいランドセルを背負った新小学一年生らしき子の記念写真を撮ろうとする親子にも巡り合いました。やはり桜は特別の花なのでしょう。
 高校の時の古文の時間に習った歌 『 世の中に 絶えて桜の なかりせば 春の心は のどけからまし 』 在原業平の歌です。 桜の花びらがハラハラと散る様を見て、もの悲しくなってしまうことを詠ったものです。今日見た段階では、花びらが散り始めていることはありましたが、まだまだそれほど多くもありません。
 仮にあと2~3日経って、花吹雪のように散って、その花びらが遊歩道のせせらぎに散って、『 花筏 』のようになっても、無粋なおさむジイは業平先生のような繊細な感覚や、歌心とは全く無縁の神経の持ち主なのであります。
 遊歩道沿いに梨畑があり今、梨も白い花を付けています。3人の方が作業をしていました。ちょっとの間、見ていたら、二人の方で受粉、一人の方が間引きをしているような様子でした。ただ、梨の棚があまり高くなく、常時少しかがんで作業しなくてはならず、これは苦しい作業だなと思いました。

 2026.04.02(木)

 所要で東京駅まで行った。八重洲北口で降りて所要を済ませた。帰りに駅弁でも買って、夕飯用に駅弁を持ち帰って、家で食べることに決めた。
 さて、駅弁が何処で購入できるのか予め調べてこなかった。こういう時は『 動物的勘 』が有効な手段となるのだが、弊ジイは既に老人の域に達している。『 勘 』が全くと云うほど働かない。しかも、今までは東京駅に来たことはあっても、直ぐに乗り換えてしまうので、東京駅構内及び周辺部の様子に全くふ案内で、『 東京産まれの田舎っぺ 』状態なのである。なにしろ、今回初めて待ち合わせ場所に置かれていると云う『 銀の鈴 』なる物を見たのである。
 今日行った時間帯は、通勤時間帯でも休日でもない。ただ、学校の春休みで確かに子供さん連れの親子は多く見受けた。駅弁を売る店は地下街にあるに違いないと思い、歩いて、探して、歩いて、歩いて、探しまわした。(高市さん、これぐらいで良いですか?)よくこれだけの種類の商店がある物だ。全くの方向音痴だから、何処にどんな店はあるかの配置など弊ジイには永久に覚えられないであろう。 それにしても、よくもまあ、コレだけの人が何処から湧いて来るのだろう。はぐれない様に、何十年振りかにカミさんと手を繋いだ。
 已む無く、スマホで駅弁を売る店舗が集合する場所を検索した。『 GRANSTA TOKYO 』と言う事が分かった。何てことはない。駅の改札口内部にあった。
 今夜の夕食は駅弁である。カミさんと2人分に『 深川弁当(あさり)』、『 伊達牛たん弁当 』、『 な古屋みそカツ重 』の3種を一つずつ購入した。それぞれ、二等分して3種の弁当が食べられるようにするのである。
 帰りに自宅最寄駅に降りた。喧騒から解放されて『 ホッ 』とした。もはや、僕ら老人は都心には住めない。

 2026.03.25(水)



 日蓮宗の大本山 身延山久遠寺まで行ってきました。『 南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経 』と3回唱えるとご利益があるのだと言います。
 『 南無 』は『 帰依します 』あるいは『 お慕いします、従います 』という意味です。日蓮宗では『 蓮華経 』と言うお経に帰依しますと言うことになります。一方で他の宗派で『 南無阿弥陀仏 』を唱えると、極楽に行けるなんて言うのもありました。こちらは『 阿弥陀仏 』に帰依しますと言うことになります。
 日蓮宗のどのお寺でも、『 南無妙法蓮華経 』と言う文字をとんでもない『 くせ字 』で書いてあります。『 ひげ題目 』と言います。その中で『 法 』と言う字だけはくせ字でなく、普通の文字で書かれています。『 法は曲げてはいけない 』と言う意味だそうで、落語で言っていました。
 身延山は落語にも出て来ます。『 かじか沢 』と言う恐ろしい噺と、『 甲府い 』と言うお豆腐屋さんの跡取りの願いが叶って、夫婦そろって、『 願をほどき 』に身延山へお参りに行く噺です。豆腐屋さんだけに、『がんもどき』に掛けています。
 日頃の行いが悪いせいで、折角身延山までお参りに行くのに、あいにくの雨でとても残念でした。身延山は標高1153mです。山の上には『 奥の院 』、中腹に『 久遠寺 』があります。ケ一ブルカ一に乗って更に上を目指せば、奥の院があります。予め、お賽銭用としてご縁があるように『 5円玉 』をたくさん用意して来ました。賽銭箱を覗いたら、1000円札が何枚も落ちずに途中でひっかかっていた。『 仏の顔も金次第 』と云うから、5円では御利益無いかな? 。
 天候が雨なので、山にはガスが掛かり、奥の院の展望台からは全く何も見えません。30mほどしか離れていないところでも霞んではっきりと見えません。何処へ行っても霞みばかり。奥の院より早々に下に降りて、久遠寺境内の散策を致しました。本堂の大きさにはビックリしました。
 お寺の建物を建てるのに、山の木を伐り出せば材料には事欠かないように見えますが、生木ですから乾かさなければ直ぐには建築に向きません。何年も掛けて建設したのでしょう。僕も多くの総本山と呼ばれるお寺さんを拝見して来ました。久遠寺の本堂の大きさは他のお寺さんに負けず劣らず、一二を争うような大きさ立派さです。
 お寺さんは競うようにして、どうしてこんなに立派な建物を建立するのでしょうね。私の考えは外国の軍事パレ一ドと同じだと思っています。ロシア、中国、北朝鮮などの軍事パレ一ドはよくテレビのニュ一スで大陸間弾道ミサイルを乗せた車両の行進をやっているのを見ます。あれは外国に対する軍事の示威行為であるのはもちろんですが、内部に潜在する政権反対勢力に対しても、『 お前ら、ク一デタ一を起こそうとしても、政権側はこんな軍備力を持っているんだぞ。反乱を起こそうと思っても無駄だ 』と言うことを示しているのです。
 お寺さんも同じで、巨大で立派な建造物を建て、『 どんなもんだい!オッたまげたもんだろう 』と偉容を誇り、示威行為、虚勢を張っているのに違いありません。民衆を驚かすほどの威力が必要なのです。
 宗教にとって、信徒からの寄付行為抜きには成り立ちません。世界平和統一家庭連合(旧統一教会)は『 あなたがふ幸なのは、先祖の因縁がのせいで、解消するには壺か印鑑を買う必要がある 』 霊感商法で脅したり、すかしたりして高額な献金を得ていた。旧統一教会は目立ったことをやったから、解散命令となってしまった。どの宗教でも寄進なしで他の宗派を威圧するような巨大な建造物を建てられる訳がない。身延山久遠寺でも見栄を張って威風堂々としていますが、台所事情は案外苦しいのかも知れない。もっとも、『 坊主丸儲け 』という言葉もあるから、実情はよく分かりません。
 身延山久遠寺周辺の桜は満開であった。ソメイヨシノは多くなく、しだれサクラの方が圧倒的に多く、雨さえなければ、桜のお花見、開花時期としては最高のようでした。
 昼食には『 ユバ御膳 』を頂きました。ユバの刺身、ユバの煮物、ユバのお吸い物と、ユバづくしの御膳でした。おさむ爺は好き嫌いがありませんが、どちらかと言えば肉系が好きなんですがね。

 2026.03.06(金)

 脚本家で、今もまだ横綱審議会をやっているのか知らないけれど、内館牧子さんの著書の中に、仙台市内の昔の町めいが出ていた。
 仙台に限らず、何処の自治体でも同じように、南1丁目だとか、緑区、中央区など、味も素っ気もないような地めいに変更されている。
 本の中に書かれていた仙台市内での旧町めいの例は、『 南材木町、畳屋丁、穀町、舟丁、弓ノ町、南染師町、・・・・』なのですが、私がとても気になったのは、『 丁 』と言う文字なのです。『 ちょう 』と読むのですが、『 畳屋丁町 』ではありません。何故か『 畳屋町 』ではなく、『 畳屋丁 』なのです。
 気になって昨夜、漢和辞典で『 丁 』の文字を調べてみました。『 町と言う字の略字 』なんだとさ。だから、『 畳屋丁町 』は同じ意味の語の重なりであり得ないこと。
実は私、もう20年前にもなりますが、山形に単身赴任して住んでいたところが、山形県上山市沢丁だったのです。その時には別に気にもかけませんでしたが、沢丁の『 丁 』と言う字は『 町 』と言う意味だったのだと、昨夜知りました。そう言えば、『 町 』と言う字は『 田 』と『 丁 』と云う字から構成されていた。
 内館牧子さんは東北大学大学院で学ぶため、3年間仙台で生活して、仙台と言う街をこよなく愛しておられた。
 私とて、四季のはっきりしている単身赴任をしていた山形が好きでした。山形でなくても、地方の暮らしをしてみたいと憧れます。でも、今となってはそれも叶いますまい。地方の自治体が来てもらいたいのは、若い人に限られます。
 僕は働いていませんから、消費税以外の税金を多分払っていません。市県民税も非課税ですから、今更僕のような老人に移住されたら、先方の自治体は大いに迷惑するに違いない。運転免許も返上してしまったから、『 足 』もおぼつかないし、屋根に上って雪下ろしも出来ない。
 今となっては、原住地あるいは老人ホ一ムにでも入って、大人しく暗くなるのを待つだけです。すでにイブニングトワイライトどころかディ一プダ一クに近づいている。

 2026.02.28(土)

 これまで客が少なく、閑散としていた、JR南武線武蔵新城駅前のス一パ一マ一ケットの『 西友 』が1月から一時閉店していた。九州方面中心に営業活動していたディスカウントストア『 トライアルグル一プ 』と連携して、『 トライアル西友 』として、2/27(金)にリニュ一アルオ一プンした。
 昨日(2/27)オ一プン当日、耳鼻科に行った帰りに歩道から覗けば、大変な客の入りである。物見高いは江戸っ子で、初物好き、好奇心旺盛、自分の欲に忠実と来ている。3代続けば江戸っ子と言うらしいが、東京生まれの私も神奈川県在住期間がずっと多くなってしまった。もっとも、ここは神奈川の在で、江戸っ子ではなかった。さらに言えば『 江戸っ子は五月の鯉の吹き流し 口先ばかりではらわたはなし 』とおっちょこちょいの江戸っ子はろくな事言われない。
 パチンコ屋さんではないが、新装開店とあればと、賑やかしに開店を盛り上げようと、拙宅からも総勢3人で見物に行った。何処からだか分からないが、よくもまあこんなに人が湧いて来るものだ!。まるでドブから湧いてくるボウフラのような書き方だが、店内は大変な人口密度であります。こんな騒ぎがいつまで続くことやら。
 様子を見に来た人も居るだろうが、少しでも安いものを手に入れたいと願っている庶民の願いの現れなのだろう。他の食品ス一パ一とどのくらい価格に差があるのか、ジジイにはよく分からない。安いからと言って、余分なものまで買ってかえって支出が増えてしまったなんてことが無いのだろうかね。
 余分なものまで買ってで思い出したけど、『 コストコ 』と言う大規模店舗が有る。商品は確かに安いらしい。コストコで物を買うにはまず『 年会費 』を払って会員に成らなければならない。買う量が多いから、まず徒歩でと言う訳に行かない。車で行列して入店する。安いし、年会費の元を取らなければいけないと、勢いで買ってしまうのだけど、販売の最小単位が何しろ大きい。食べられもしない大量の食糧を買い込んでしまって、結局はダメにしてしまうケ一スが多いようだ。コストコとの会員契約を解約する人が増えていると聞きます。
 お米を始めとして、食品の値上がりが激しい。『 早苗あれば憂いなし 』とは言うものの、国民会議もまだ始まったばかりで、野党の方々の出席もなく、速攻とは行かないようだ。

 2026.02.20(金)

 ほぼ2週間に一度の割で、図書館に行って本を借りて来ます。自分の読書ペ一スでは、一週間に2冊くらいずつ読んでいくのが、通常ペ一スです。
 古い雑誌の中で、推奨している本があったので借りて来ましたが、今回はちょっと失敗したかな。 題めいは『 孤高の人 』と言う新田次郎さんの作品です。文庫本の上下2冊で、それぞれ500ペ一ジも有って、合計1000ペ一ジにもなる大作です。いつも思うのですが、作家の方は大変です。この作品を書き上げるのにどれくらい期間が掛かったのでしょうかね。
 僕が仮に一日100ペ一ジずつ読み続けたとしても、10日間掛かってしまう。僕にとってはコンスタントに毎日100ペ一ジずつ読み続けると言うのはかなり辛い。リタイアしている身分とは言え、他にやらなければならないことも有り、読書は余暇なのです。
 図書館の貸し出し期限は2週間です。今回はこの上下1作品分で、後はかろうじて他に1冊が読めるかどうかになってしまう。
 世の中には『 速読術 』『 斜め読み 』なんて方法もあると聞きます。所詮は読み飛ばしに過ぎないと僕は決め付けます。作家の方が一語ずつ熟考しながら書いたのでしょうから、尊重しないとね。

 2026.02.14(土)

 前に作文練習帳で、我が家の本棚に並べてある文学全集全43巻を全部読み終えようと思っていると書きました。その試みの最初の小説 夏目漱石の『 それから 』を昨夜(2/13)やっと読み終えました。じっくり読んでいると書けば幾分体裁が良いかも知れませんが、遅読も良いところです。
 昨年は年間に読む冊数(100冊)にこだわっておりましたが、今年はじっくり読もうと言うことで、遅読でもよろしいかと思っています。
 『 それから 』は今回初めて読むのだと思い込んでいましたが、読み進むうちに小説の端端に読んだことが有る情景が出て来ます。よく調べたら私が19歳だった頃、読んだ記録がありました。高校生だった頃から、仕事に就くまで読み終わった本のなまえを記録していたのでした。
 私、どうも夏目漱石の作品が嫌でした。『 高等遊民 』と言うのでしょうか、高い教育を受けているのに、30歳過ぎても、親の遺産や援助を受けて働きもせず、そのくせ理屈を述べる口は達者で、こんな主人公の設定が嫌だったのです。
 本は読む人の年齢、年代によって、感じ方が全く違うのだなと、今回は肌から感じました。60年近く前に読んだ感じと、今とが同じはずがありません。
始めはやはり高等遊民だなと想いながら読み進みまして、後半になるとどんどん本に吸い込まれ、次の展開が待ち遠しくなって来て、久しぶりにワクワクした感覚を感じることが出来ました。
 さすが、漱石さんと思った次第です。

 2026.02.01(日)



 初詣でも、節分でもないのに川崎大師に行った。いつ来ても混雑している。日曜日のせいかな。これくらいの規模の所帯の寺となると、常に参詣者がいて混雑していなければ、わずかな賽銭収入だけでは身代が苦しいのかも知れない。もっとも、無税だし、祈祷や祈願、葬式、法事など他の大口収入があるのだから、『 薬 九層ばい、小間物 八層ばい、按摩 つかみ取り、坊主丸儲け 』という言葉があるように、大きなお寺経営は安定した職業なのかもしれない。
 参道にある仲見世では、めい物の飴を切っている訳でもないのに、包丁でまな板をトントコ調子取って打っている。刃の付いた方でまな板を叩けば、まな板がすぐに凹んでしまうに違いない。よく見ると刃とは反対側の背中の方で叩いている。
 境内には四国八十八カ所の遍路に模した場所があり、囲いのように石柱が八十八カ所建てられている。順にお寺のなまえが刻まれており、一基ずつ手を合わせて拝んで行くと、四国の八十八カ所遍路と同等の御利益があるという。こんな一カ所に纏めてある88本の石柱と、四国八十八カ所のお寺を巡るモノが同等などと言ったら、きっと苦情が来るに違いない。僕も、今回で2度目の遍路となった。
 帰りにのど飴と久寿餅をお土産に買った。クズ餅と言っても、クズの根の部分から取れるでんぷんを用いて作るのではない。久寿餅の原料は小麦粉である。調味料を作る『 味の素 』の工場と川崎大師は近接している。京浜急行の駅で言えば一駅である。味の素のうま味成分であるグルタミン酸を作る工程で、かつて大量のでんぷんが取れた。このでんぷんを使って、川崎大師参道の業者が久寿餅を作り、めい物として売り出したのだとNHK『 ブラタモリ 』と言う番組で言っていた。
 川崎駅からバスに乗って20年以上職場に通った。リタイアしてしまったので、ここ3~4年は遠ざかってしまったが、駅周辺は相変わらず人出が多いし、明らかに外国人と分かる人たちも多い。

 2026.01.22(木)

 胃の調子が悪くて、胃カメラを撮ってもらおうと総合病院へ行ったのが、昨年11月の初めだったから、およそ2か月半掛かったことになる。その間、様々な検査を受けました。最期がピロリ菌除去プログラムでした。今日、ピロリ菌除去が完結したかどうかの結果を聞きに行った。結果はOKだった。
 医師より、以後も胃粘膜を保護する薬と、胃酸分泌抑制剤を飲み続けるか問われた。続けなければいけないかと聞いたら、続けなくても良いというから、処方無用の意思表示をした。
 現在、他の薬も含め、今まで朝に8種類、夕に6種の薬をふく用している。老人の薬漬けである。国の医療費が嵩むばかりである。これで、朝夕共2種類ずつ錠剤の種類が減ることになります。(少し、ホッ)
 私、普段から延命処置ふ要と言っておきながら、平素4カ所のクリニックに通っているのです。大いに後ろめたさを感じる次第です。せめてここでふく用する錠剤が2種類減れば、少しは気が楽と言うモノです。

 2026.01.21(水)

 歯のブリッジしてある部分の具合悪くなってしまった。両脇で支えているが片側の固定が緩んでしまったようだ。修理のため暫く通わなければ成らない。『 もう歳なのだから、余命幾ばくもない。根本的に直さなくても数年間維持できれば良い 』と言ったら、そういう人こそ長生きすると医師に言われてしまう。
 歯科医院で、ご飯を食べる前に『 パタカラ、パタカラ 』と何やらオマジナイのようなモノを云うように指導される。口を大きく開け、ハッキリと声を出すと唾液の出方が促進され、食べたモノの消化が良くなるらしい。
 僕はへそ曲がりだから、パタカラなどオマジナイのようなものを言いたくない。大きな口を開け、声を出しさえすれば良いのだから、『 寿限無、寿限無 』でも、落語の『 厄払いの口上 』でも何でも良いわけだ。効果が有るようだから、パタカラの代わりに、別の物をやっている。明治大学の斉藤孝先生の本で『 声に出して読みたい日本語 』に書かれた例文で、以前は『 平家物語 』の『 祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。~~』を音読していた。本を見ながらの音読だから、食事直前と云うわけには行かない。今は『 観自在菩薩、行深般若波羅蜜多時、~~~』というのをやっている。これはお手本なしではとても音読出来ません。繰り返せば、そのうちには暗記出来るかも知れない。音読と言えど、元々はお経だから、自然とあたかもお経のような言い回しになってしまう。
 昨日は大寒だった。さすがに寒い。グリ一ンランドはもっと寒いのだろうな。

 2026.01.03(土)

 正月休みの暇を持て余し、欲張りな家族が一家揃って神仏のご利益、ご加護を求めて、地元の千年神社⇒影向寺⇒野川神明社⇒能満寺⇒橘樹神社と3社2寺と初詣のハシゴをして来ました。初詣のハシゴというのは、『 自分は頼りにされていないのだな 』と、神様も仏様にも思われてしまい、ご利益が増すどころか、反対にご利益、ご加護が希釈されて、本当はよろしくないのかも知れません。神社やお寺のなまえを書かれても知っているのは爺だけでどちら様もご存じないなまえを書いて申し訳ありません。
 3社2寺も歩いて廻ると、もう少しで歩数は10,000歩となりました。私の住む町会には『 橘樹官衙遺跡群 』と言う古代の史跡が有ります。影向寺は7世紀後半に創建された、由緒あるお寺です。7世紀後半と言ってもピンときません。聖徳太子よりは後、遣唐使、中大兄皇子(後の天智天皇)が歴史の教科書に出て来るような時代に建てられた寺院なのです。もちろん後に再建されています。本堂の裏には薬師如来木像があり、国指定の重要文化財になっています。普段は閉じている堂の開帳もしていました。
 私、薬師如来の癒しの呪文を知っているのです。『 オン コロコロ センダリ マドウギ ソワカ 』。 この呪文の言葉を知っていたのですが、幼児期に祖父に教えてもらったらしく、何の呪文か全く解らなかったのです。幼児期の記憶はこんな老人になっても残っていて、この呪文が薬師如来にお願いする時の呪文であることを、最近になって、偶然知りました。
 正月も3日ともなれば、私などが参拝する神社やお寺さんには参拝者などほとんど居ません。もちろん、声を出してお願いして来ました。一方、神社にも言霊があります。こちらも参拝の際に声を出してお願いして来ました。ただ、ここに書いてしまうと、有難味が薄れてしまうといけないので止めておきます。
 その他、参拝した能満寺、橘樹神社も歴史ある寺社でありますが、説明は省略。

 お正月ですから、ほんの少しだけお酒を呑みました。普段、全く呑まないので、少しのお酒が効いて、何かに集中できなくなり、普段の自分とは違った感覚となります。こんなことやっていて、1年365日の内、ろくに何もしないで、もう3日も無為徒食で過ごしてしまった。多少、ウツ気味です