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徘徊・老人日記

今日あったこと、日常の出来事、読んだ本など身近なことを書いていこうと思います。

 2017.11.04(土)

 世は3連休である。長男を何処かに連れ出さないと、ずっと家の中に篭り切りになる。
 九品仏(くほんぶつ)に行った。東急大井町線の九品仏駅を降り、信号のある交差点を渡れば直ぐである。紅葉の吊所であるが、まだ時期が早い。浄真寺という。九品仏と言うように、大きな仏像が9体あり、3つの建物に分けて3体ずつ安置されていることになっている。
 『なっている』というのは、仏像を1体ずつ移動させて、修復作業を行っている。全部終わるのが2034年まで掛かると言うから、私などそれまで生きて居まい。何とも気の長い話だ。高さ4~5メートルの仏像1体修復するのに1年から1年半掛かると言う。
 紫雲門(仁王門)をくぐる。両脇に赤い仁王様がある。立派な門で、何やら上に部屋があるように見える。芥川龍之介作の『羅生門』で、下人が雨止みを待って、羅生門の下で雨宿りをしていた。何やら上の方で音がするのに気が付く。狐狸かあるいは誰か居るのかと、下人が階段を登って、恐る恐る覗けば、老婆が放置された女の死体から髪を抜き取って居た。
 紫雲門にも階段がないのかしらと思って見れば、両脇に階段があり、登れるような構造になっている。
 実は私、九品仏には何度も行ったことがある。いつも、いい加減に見ていたものだから、こんなに大きくて立派なお寺さんだと思って居なかった。そんなに有吊でもないのに改めて感心した。また、知る人ぞ知るで、『サギ草』でも知られた所だ。だが、時期ハズレで花は見られなかった。
 駅に続く商店街を歩いてみた。店先に木製の大きな桶が干してあった。
 『豆腐屋かな?』
 と、戻って改めて見たら、豆腐の製造所兼販売店であった。このところ、スーパーの安売りの豆腐しか食べていない。やはり、豆腐屋で作った豆腐は味が違う。この店では大きなアルミの桶も有ったが、まだ、木の桶も使っているのか。大変懐かしい。
 私の父は桶職人だった。本業は『豆腐の道具屋』だったのだろう。この店先にある大きな桶はもちろん、『売り箱』と言って、豆腐屋さんが自転車の後ろに載せて移動販売する箱や、岡持ちと言って天秤棒の前後に吊り下げて売り歩く桶も作って居た。家には豆腐屋のラッパもあった。
 豆腐屋の若い衆が、親方から『のれんわけ』して貰って、開店する時など、豆腐製造設備全般を請け負ったりして、子供の頃からよく家の手伝いをした。仕事が終わって帰りには、がんもどき、生揚げ、油揚げなどたくさん頂戴したものだ。だから、豆腐の本当の美味さを知っている積もりだ。
 かつて、東京の人形町に行った時も、豆腐屋さんの店内で豆腐を食べたことがある。あまり店内で豆腐を食べる人も居ないらしい。その時は、赤ん坊を背負って店番をしていたおかみさんが、奥から醤油とスプーンを持って来て下さった。これからは何処か散策に行くにはマイ箸持参で行かなければと思っている。
 九品仏の商店街を抜けると、環八に当たる。横断して一駅分歩いて、母校の方に行く。時節柄、 何か『催しもの』をやっているらしい様子。外観だけちょこっと見たが、卒業して50年近くにもなれば、大変なる様変わりだ。
 学校の隣に『たまき』という学生相手の定食屋があった。きたない店だった。『もやし炒め定食』というメニューが有り、もやしの他に野菜は入っていない。もやしを炒め、山盛りにして、どんぶり飯と何度も温め返した味噌汁が付いていた。こればかり良く食べたものだ。
 行って見れば、『たまき』なる定食屋はあった。50年も経てば、あのきたない店は建て替えてあった。学生相手のスタンスは相変わらずだ。店に入れば、ほぼ満席状態。年金暮らしではあるが、昔に比べれば財布に少し余裕がある。『レバニラ定食』を注文した。もやしもたくさん入っているが、ニラとレバの分だけ裕福になった。出来上がるのを待って、周囲を見渡せば、学生と催し物に来た卒業生の夫婦らしき人たちばかり。隣に座った夫婦の所に来た、注文のチャーハンとナポリタンを見たら、どちらも普通街中の店で出す3倊の量があり、山盛りだ。幾らなんでもこれでは多過ぎだろう。
 別のテーブルの所に来た定食らしき物は、大き目のご飯茶碗2個をもなかのようにして合わせ、上の茶碗だけ取り除いたほど、山盛りにしてある。死んだ人にご飯茶碗に山盛りにした飯を備えるが、これを大げさにしたようなものだ。そんなことしないで、どんぶり飯の大盛り目にすれば良いのに。学生相手に商売するにはこのようにしないとならないのであろう。

 2017.11.02(木)

 9月9日は『重陽の節句』である。『菊の節句』とも言われます。私の住む南関東では、9月9日頃はまだまだ残暑が厳しく、とても菊の季節とは思えない。各所で開かれる菊の展示も、やはり11月に入ってからだ。しからば、旧暦なのかと思いカレンダーを見れば、今日が10/12である。遡れば新暦の10/28が旧暦の9/9に相当する。それなら、さもありなん。
 我が家に小さな仏壇がある。仏壇に供える花も維持していくのは中々大変である。毎朝、お茶と線香をあげている。今、あがっている花は白の菊に花。
 花屋さんで、仏花を買うと幾分丈が長い。仏壇にお供えするには、下の方を切る。その切った茎をプランターに差しておいた。菊の挿し木はすぐにつく。昨年挿しておいたのが、今盛んに咲いている。仏壇に備えている花は、プランターで育って咲いた花なのだ。
 我が家で菊は一年中、咲くわけではないが、ここ1ヶ月くらいは家の経済が助かる。
 菊は挿し木で本当にすぐつく。これからは鍋物が美味しい時期である。食品スーパーで鍋の具剤の春菊を買って、茎が長いから切ってしまう。挿し木のように土中に挿さなくとも、土の上に放り出して置くだけで、しばらくすると根が出ている。
 春菊は食用の菊だから、育てても大した花は咲かないと思う。土の上に置いた茎は生ゴミとしてだしてしまった。何でも試してみると言うのが、私の癖だ。

2017.10.30(月)

 台風22号が通り過ぎ、今朝起きれば快晴だった。その後、強い北風が吹き、『木枯らし1号』との放送があった。台風は何号と続き番号で呼ぶが、木枯らしも1号、2号と呼ばれるのか。あまり2号以降は聞いたことがない。
 同じ風でも、早春に最初に吹く強い風を『春一番』と言う。これまた、二番以降は聞いたことがない。
 もはや、死語になってしまったか、若い人には分からないと思うが、『二号さん』と二番目から始まる言葉もある。一番目は、本妻さんである。二号さんは囲った愛人のことだ。三号さん、四号さんを囲った豪傑もいらしただろうが、三号さん以降は、言葉として聞いたことがない。
 タレントのデビ・スカルノさんは、元インドネシア大統領だった、スカルノ氏の第三夫人だった。一夫多妻制度のもとで第四夫人までいたそうだから、何とも羨ましい。結婚して夫人となった場合は、第一夫人、第二夫人・・・となるようだ。
 最後に『突撃一番』と言うのをご存知だろうか。まず、このHPの訪問者の年齢層では恐らくご存知ないであろう。それも、先の大戦で兵隊さんに行った年齢層の方でないと、恐らくご存知あるまい。慰安所で使った避妊具、コンドームである。これにも、二番、三番はない。

 2017.10.26(木)

 月2回、知人所有のアパートの空き部屋で開催される、パソコン教室のようなものに行っている。『ようなもの』と甚だ自信のないような書き方だ。空き部屋は学習塾に使われたり、小規模な集会に使われているようだ。
 先生、生徒合わせて5人。年齢上詳だが、恐らく僕が68歳にして最年少だろう。先生も他の生徒も70歳あるいは、80歳オーバーの女性ばかり。僕のはWindows7のネットで買った中古パソコンだが、他の生徒さんは皆、Windows10搭載の綺麗なパソコンばかり。高齢者はお金を持っていることがここでも分かる。貧乏人は僕一人。
 初めはよく知らないで通い出したが、Wordを使った『お絵描き』教室だった。オートシェイブやテキストボックスを使って、絵や文字を入れた図柄や、写真を取り込んだ図を描いている。一応、毎回テーマはあるが、時間内に何を描いても自由である。時節柄、今日は年賀状作り。
 他の皆さんの作品を覗き見れば、イラスト集を手本に、オートシェイブを使って、『犬張子』を描いている。僕の座り位置からは皆の作品の具合が見える。どうも、顔付きが犬ではなく、タヌキだったり、ネコに見えるのは仕方がない。
 僕は絵の才能が皆無だ。何回か通ったから、オートシェイブのやり方もある程度分かった。今日の教習は年賀状作りだなと予想していた。予め、家にてネットのイラスト集から画像を取り込んでおいて、それをハガキに貼り付けして、もう既に2種類の年賀状の図柄を作ってしまった。こんなズルするのは僕だけで、他の人は真面目くさってオートシェイブを使い、頭をひねりながら、丸や四角、三角など様々な図形を組み合わせて描いている。本来はそういう事をやる教室だ。
 オートシェイブで絵を描くと、どうしても平面的な絵になってしまう。何を描いても自由だ。先般は皆がリンドウの花の絵を描いている時、僕はさっさとリンドウを描き終え、紙で折った『折鶴』を斜めから見た、斜視図で描いた。影を付けたりすると、立体的に見える。
 折角、習うのだから、絵を描きつつも、使い方を知らない技法の取得をメインテーマとして、質問するように心掛けている。

2017.10.21(土)

 昨日、『おさむの書斎』で『優先順』と言う事を書いた。趣旨は変わりません。ただ、挙げた例として、月の空洞、ハワイの望遠鏡、ニュートリノなどを挙げた。
 今朝、TVのニュースを見て驚いた。アフガニスタンで紛争が続いている。政府系とタリバンの紛争だ。日本がアフガニスタン政府系の兵士の給与に相当するものに、アメリカに次いで二位の30%の金額を負担しているのだという事を知った。額にして1465億円なのだという。しかも、兵士の人数を水増し提示され、水増し分を横領されているらしいという事なのだ。
 私はアフガニスタンの政府系兵士の給料の負担を、日本がしているなんて全く知らなかった。開いた口が塞がらないし、改めて、日本が『見栄っ張り』と感じるし、怒りを覚える。税金など払いたくなくなる。自分の頭のハエを追って欲しい。
 明日の衆議院選投票日は台風接近により荒天が予想される。気象庁でも出来れば期日前投票をした方が良いのではと勧めている。昼食後、近くの出張所に投票に行った。今まで上在者投票をしたり、期日前投票をしたことはない。同じように考えている人がかなり居た。投票をしてしまったら、ちょっと気が抜けた。
 考えが一致する党などない。自分に取って良い政党でなく、少しでも悪くない政党で選ばなければならないところから、選ばなければならないところが残念である。

 2017.10.14(土)

 反省している。ここのところ、HP上で政治に関することを書き過ぎた。今、衆議院の選挙運動は真っ盛りだ。人がそれぞれの考えをもとに、どの政党の候補者に投票するかは全く自由です。政治に関する考えを、HPなんかに載せなければ良かった。それぞれの方が、新聞や広報、政見放送、街頭演説を見て、聞いて判断すべきであります。ただ、くれぐれも棄権はしないで、権利を行使して貰いたく思います。
 もう数年前の選挙には関係ない時期のこと、ある政党の主催と思われるお祭りのようなイベントの入場券が、旧友から2枚送られて来た。1枚¥2000くらいのチケットだったと思う。旧友がその政党を支持していることは前から知っていた。気心知った旧友だからはっきり断った。
 『何故このチケットを送ってきたか知りませんが、この歳になって、君は僕が、自分の考えを持っていないとでも思っているのですか。君自身の考えて、どの政党を支持しても、僕はとやかく言いません。だから、君も僕の考えに干渉しないで欲しい。チケットはゴミ箱に捨ててしまうよ』
 と言って、チケットを返送しないで捨ててしまった。4000円くらいだろうが、勝手に送ってきた物だ。僕が送料を払って送り返す理由はない。
 言いたかったのは、他人の権利の部分にまで、入り込んで、自分の考えを押し付けてはいけないと言う事だ。近所の創価学会の人が、『お願いしますね』と言って通る。近所の方には、私が旧友に述べたようなことまでは決して言わない。近所付き合いの手前、殊更荒立てたくない。笑って聞き流す。

 2017.10.06(金)

 新聞の折込みチラシに私の住む地域の広報が入っていた。衆議院選挙の公示前だから、まだ、私の住む神奈川18 区の立候補者はハッキリしない。2009年の民主党が政権を奪還した選挙で、H氏は民主党議員として当選した。民主党政権の迷走で、それ以後の選挙では落選した。浪人である。
 日常、街中でH氏のポスターはよく見掛ける。『ぶれない政治』と彼のスローガンが書いてあった。衆議院が解散するずっと前から、彼の宣伝カーが街中を流していた。今度こそ当選したいと、日頃から地元を廻って、印象付けていたのだ。
 『ぶれない政治』と言いながら、以前は民主党だったのに、今は自由党に移った事を知った。どうも、小沢さんの側近らしい。『ぶれているのは、お前じゃないか』と思いながら、風采の無い感じのH氏のことは印象深く記憶していた。新聞に『希望の党』から出馬する人として、H氏の記載があった。自由党が希望の党と連携だけで、まだ彼は自由党なのかどうかは知らない。一応、民主党⇒自由党⇒希望の党と渡り歩く。『Hさん、これでは、ぶれ過ぎだよ』。
 今朝、折込みチラシを見たら、私の住む神奈川18区の立候補予定者が出ていた。H氏が載っていない。希望の党からはM氏が公認候補と成っている。どうしたんだろうと記事を読み進めれば、H氏は千葉12 区からの出馬と書いてある。
 折角、日頃から神奈川18 区を地元として、広報活動して来たのに。多分、希望の党の都合で縁もゆかりもない所からの出馬に持って行かれたに違いない。
 別にH氏を支持しているわけでも何も無い。何か会社の都合で、突然転勤させられるサラリーマンのようだ。H氏にとっては、事務員が1~2人しかいないカムチャッカ出張所に左遷されたかのような気がする。希望の党も立候補者を配分するに当たり、苦労も多いのだとは思うが、H氏も地盤も何も無く、辛いところだね。

 2017.10.05(木)

 昨日夕方、散歩の出掛けに、カミさんからそんな格好で大丈夫なのかと聞かれた。大丈夫と 答えたものの、歩き始めてみれば、やはり、半袖Tシャツに半ズボンでは肌寒い。外は家の中に居るのと訳が違う。散歩がてら、気にして見れば、僕のような格好で歩いている人は居ない。小学生は半ズボンだが、上の方はそれなりに長袖を着ている。もう季節は大分変わった。
 商店街を歩いてみれば、十五夜とあって、ススキとダンゴを売っている。子供の頃、ススキなどどの原っぱにもあったような気がするのに、穂が1本付いて¥210であった。ススキを持っている人を何人も見掛けた。夕飯にはダンゴを食べるのであろうか。年来の風習をやっている家庭もあるのだなと感心した。ちなみに我が家もダンゴであったが、汁粉になっていた。
 私も今朝から衣替えで、長ズボンと長袖シャツに替えた。昨夜、寝ていて寒かったとみえて、お隣では薄い上掛けを日に干している。日が翳っても干して置くと、良い加減で取り込まないと冷たくなってしまうよ。
 家を建てる時、電気屋さんが階段の灯りの位置を、ちょっと掃除しにくい所に設置した。カミさんに言われて、脚立を持って来て取り外して掃除した。片手で柱に摑まりながらでないと外せない。16年くらいで初めて掃除をした。カミさん、前々から思っていたらしいが、自分では出来ないので、そのままにしていた。16年も経てば、それなりに、ホコリも溜まる。
 ついでに、階段の灯りだけでなく、あちこちの照明も掃除する。脚立に乗り、片手で摑まりながらでないと外せないとなると、10年後に果たして自分に出来るかなと、ちょっと心配になる。それまで生きているかどうか分からないが。
 以前、このところ、ちっとも本を読んでいないと書いた。今、森 鴎外の『雁』という作品を読んでいる。夏目漱石、芥川龍之介、石川達三、その他の小説は随分読んだ。森 鴎外だけは何故か『高瀬舟』、『山椒大夫』くらいしか読んでいない。
 恐らく、先入観であろう。自分には、鴎外は敷居が高い、難しいと思っていて、何となく避けていた。『高瀬舟』は読んで、良い作品だと思ったが、読んだのは遥か昔だ。『雁』を読み始める時、ゆっくり読もうと思って取り掛かった。読み始めて、『何だ、親しみ易いじゃないか』と思った。食わず嫌いであったのだ。ただ、明治時代の作品と外国の単語が含まれているゆえ、巻末の注釈を見ながら読み進めなければならぬのが、ちょっと難ですな。

 2017.10.02(月)

 10月になった。アサガオが2鉢ある。一鉢はもう花芽が見当たらない。もう一鉢はまだ花芽もあり、今朝も3つ咲いた。だが、往時の勢いはなく、やっと咲いているような感じがする。葉もだいぶ黄色くなって来た。アサガオの花を見ると、何か自分を鏡に映しているかのような気がする。
 歳を取ったなら、取ったで、自分なりの輝き方があるはずだと思うのだが、今の自分には見当たらない。希望の党ではないが、『しがらみ』があるのか。
 子育ては終わったとは言え、障害を持つ息子が居る。夫としての役目もあるかな。役目を捨てて、一人、家を出て、風の向くまま旅をするとは行かないだろう。おおよそ、しがらみのない人生なんて考えられないのだ。同じく、希望の党の言う『しがらみのない政治、政党』もウソだな。

 2017.09.25(月)

 近頃、何かおかしいと思っていた。ずっと、本を読んでいないのだ。何の本を読んだかメモ書きしてきた。ちなみに、昨年から今年6月まで、平均すれば月に7冊くらいは読んでいた。ところが、調べて見たら、7月中旬からほぼ2ヶ月の間、1冊も読んでいないのだ。ただ、新聞だけは読んでいるつもりだから、活字離れしている訳ではない。
 電車での移動時間や医院の待合時間など、自分で無駄と思うような時間が発生すると思うような時には、必ず本を持参して読んでいた。そう言えば、医院には一人で行くが、一人で電車に乗って出掛けることが減った。カミさんと出掛け、並んで座った場合、僕一人が本の中に没頭しているのは、カミさんに申し訳ないと思い、本は持ち歩かない。
 電車の中で、若い男女が並んで座っているのをよく見掛ける。結婚して長い時間が経過している組み合わせならともかく、デートか何かで出掛ける二人の場合、どちらか一方、又は双方ともが、スマホを操作しているのは良くないなと思う。
 折角、二人で出掛けるのに、スマホに没頭しているのは、パートナーに失礼ではないのかなぁ。
 電車の中で本を読んでいる人を見ると、何かよく分からない憧れを感じる。電子書籍だって読書には変わらないのに、周りがスマホを見ている中、紙の本を読んでいる人がことさら素敵に見える。やはり、読書や辞書は紙ベースが良い。
   気が付いたところで、また読むことを再開するのだが、ちょっとしたはずみで習慣が途切れてしまうのは恐ろしいものだ。人間、何もしないとか、楽な方、楽な方に向かってしまう傾向にあるのだと思うな。

 2017.09.18(月)

 大型の台風18号の接近で、雨戸に打ち付ける夜来の風雨に、かつて布団の中で怖いと思いながら、いつしか寝入ってしまった小学校低学年だった頃を思い出した。今、思い起こせば多分、昭和34年の伊勢湾台風のことであったと思う。当時はまだ、木の雨戸であった。随分経っているが、気象の情報が十分でなかった当時は、5000人以上の方々が亡くなった。
 TVのニュースを見ていないのであろうか。買い物に出ようとして風に煽られ怪我をした人や、家に留まって居れば、徒らに怪我などせずに済んだ方々が居る。自分だけは大丈夫と思っているのであろうか。
 災害に遭われた方はお気の毒だが、一夜明ければよく晴れている。我が家では草花の鉢が倒されたり、アマリリスの葉がバラバラになった程度で、特に被害もなかった。
 今回の台風18号は、海水温が高いため、いつまでも成長し続けた。風よりも雨による被害が多かったように思う。一旦雨が降れば1時間に何十mmと降り、河川の排出能力を超えてしまう。やはり、温暖化の影響は大きい。
 欧州ではガソリン車やディーゼル車に向かう指針を出しているし、中国でも電気自動車や、PHV車の方向に向かうことを提示している。日本も化石燃料による発電だけに頼らず、先送りせず、再生可能エネルギーへの道を示して欲しいものだ。
 万が一、原発事故が起きると被害は甚大である。ただ、『原発反対』と言い、拒否反応を起こす人はたくさん居る。相変わらず火力発電偏重を続け、その結果、大雨で亡くなったり、家を流されたり、土砂崩れで家が潰されてしまう被害も大変多いことも忘れてはならない。
 今朝の新聞に、衆議院の解散、総選挙の予測日程が出ていた。今の世の中は、電気なしでは成り立たない。環境に優しいEV車も電気をたくさん使う。温暖化に影響しない、安くて、安全な発電方法の確立を切に望みます。

 

 2017.09.14(木)

 天気が良いので、風流人のことく神代椊物公園に『秋の七草』を見に行った。小学生の低学年で習った筈だが、春の七草は覚えていても、秋の七草は全部を知らない人が多い。
 萩、尾花(ススキ)、クズ、ナデシコ、オミナエシ、フジバカマ、桔梗である。ススキはどなたもご存知であろう。ナデシコと桔梗は園芸店で、鉢椊えにして売っている。ナデシコ、桔梗以外は野にある花であろう。

  

 左の画像がオミナエシ、右が萩である。
 ススキの写真は撮らなかった。クズ、フジバカマはまだ時期が早いらしく、見当たらなかった。今日は天気も良く、日向では暑いくらいだ。それでも、木々の多い神代椊物公園では、渡って来る風で、日陰はとても涼しく心地よい。今日は平日である。広大な敷地の都立公園には、すでにリタイアした人たちか、幼児を連れたママぐらいしかおらず、とても静かだ。
 地面にはどんぐりがたくさん落ちている。栃の実を拾った。実は私、栃の実を初めて見た。トチノキと表示のある木の下に落ちているから、栃の実だろうと思った。ポケットに入れて帰って来た。ネットで確認したら、やはり栃の実であった。寸法を測ったら、36mmx32mmx30mmあった。
 神代椊物公園の裏口を出れば、直ぐに深大寺である。周りの店で、とろろソバを食する。深大寺の周りでソバの店を営んでいるのだから、深大寺ソバなのであろう。茹で時間が少ないのか、ソバは固めである。固めがツウなのであろうか。老人には、も少し柔らかいのが良いのだが。ここではないが、飲食店で出るエダマメも青々して見た目はとても良いが、何処のエダマメも決まって固ゆでだ。も少し柔らかいエダマメが好きなのだが。
 深大寺でお参りをする。国宝と書いてある。深大寺は天台宗、鶴見の総持寺は曹洞宗、川崎大師は弘法大師(空海)だから、真言宗、成田山新勝寺も真言宗、池上本門寺は日蓮宗。我が家の宗派は一応日蓮宗だが、宗派を問わず、何処のお寺を参拝しても、誰も咎めることなく大らかな所が日本の良い所だ。シーア派、スンニ派と宗派同士で、いがみ合うのは本当に悲しいことである。
 家に帰れば、13時ちょっと過ぎ。歩数計を持って行ったが、10500歩くらい。疲れてしまい2時間ほど昼寝した。勤めていた62歳くらいまで、歩数計を付けて出社すればいつも、最低でも12000歩くらいは毎日歩いていた。全く衰えたものだ。

 2017.09.09(土)

 重陽の節句である。久しぶりに晴れて、行楽日和だ。北朝鮮の建国記念日で、何かやるのではと世間の人々は、困っている。何か実行に移さねば良いが。
 インターネットを始めてもう20年近くになる。HPを作ってWEB上に載せてからでも、17年ほどになる。若い人は知らないだろうが、インターネットを始める前に、パソコン通信と言うものが有って、PCバンと言うのもやっていた。パソコンのキャリアとしては非常に長い。
 キャリアは長いのに、自分の技能がちっとも上達しないのは、才能、能力がないせいだ。以前、勤めていた会社の得意先がNECだった。お得意さんが通信機メーカーだったせいで、仕事上、否応なしに早い段階から、パソコンに触れざるを得なかった。
 インターネットが出来るようになった時、『これからは、自分の考えを世界中に発信できる』など、バカみたいにワクワクしたことを覚えている。
 今までFAXか何かで送っていた書類を、原稿そのまま添付したり、PDFにして送ったりと便利さを享受した。調べ物も簡単だし、どこかに出かける時、地図や時刻表を得るのにも役に立った。その代わり、ノートを使わなくなったり、簡単な漢字も忘れた。
 トランプ大統領も twitterを使って発信している。facebookを使って自分の考えを発信している人も多いだろう。インターネットを利用しているのに、最近、ちょっと『嫌気』が差してきた。
 みんながネットを便利に使っているのに、他人を騙して金儲けをしたり、ウイルスに感染させようとしたり、他人を落し入れようとしたり、誹謗中傷する道具に使っている人がたくさんいるからだ。ネットを使っても、疑心暗鬼になっている。
 みんなが便利に使っている道具を汚す人が居て、安心して使えない。どちらさんも、ウイルスソフトを使っていると思う。高いお金を使って、防御しなければならない。
 これはインターネットに限ったことではない。電話も便利なものだが、特殊サギの道具に使われる。額に汗して働くことなしで、老人など弱者を騙して金を巻き上げようとする情けない人が居る。電話帳が配布されなくなったのも、個人情報だとか言って、やたらと警戒するような風潮になってしまった。
 『インターネットに嫌気』と言ったのは、『世の中に嫌気』とイコールかも知れない。宵闇にまぎれて、ゴミ集積場に車で乗り付け、粗大ゴミを捨てていく人、公衆トイレを平気で汚したまま立ち去る人、こんな社会のルールを守らない人が実に多い。事例を挙げていたら、切りがない。
 『おっと』、今日は北朝鮮の建国記念日だった。一発発射すると何億円にもなるのに、自国民のためにお金を使わず、『核やミサイルを使って他国を脅す人』も居た。

 2017.09.02(土)

 9月になった途端、昨日、今日と涼しく過ごし易い。今年は6、7月に天気が良い日が続き、8月は曇りや雨降りが多かったようだ。それでも8月は夏だから暑い。ずっとエアコンを点けっぱなしにして寝た夜だった。9月になって急に涼しくなり、カレンダーをめくるように、天候も一変するものなのか。小さな子供のように寝相の悪い私は、何も掛けずに寝て、朝、寒くて目を覚ました。
 民進党の代表に前原氏が決まった。今、民進党が政権交代という言葉を発したら、頭がおかしいのではとか、狂ったのではと言われてしまうであろう。でも、誰も自民一強は望まないと思う。
 あべ首相夫人に警護の人が付くのは当然として、夫人に5人も(今は3人になった)公務員の人が付くのはおかしい。首相が外交のため、夫人も同行することが多い。必要な知識は自分で新聞を読んで、勉強して下さい。何故か、亡くなった阿久 悠氏が作詞の、『 時代おくれ』の詞が思い浮かぶ。『目立たぬように、はっしゃがぬように 似合わぬことは 無理をせず 人の心を見続ける 時代遅れの 女になりたい』 夫が首相であるという『虎の衣』を借りて、でばるなよ。私人なんだから。
 併せて、自民党議員の暴言、上倫など、スキャンダルにまみれた。多くの場合、自民一強がレベルの低い人たちまでを議員にしてしまった。民進党がだらしなさ過ぎるのが、最大の原因であろう。
 誰もが政権交代可能な二大政党制を望むであろう。ただ、政権交代のため、単に非自民の勢力を結集なんて考えるべきではない。保守政党の民進党が、どうして共産党と手を結べるのか。
 小池都知事の都民ファーストの会も、国政を目指すようだ。小池さんの一時的な熱狂で、国政参加しても、都政すらまだ始まったばかり。どれだけの力を発揮できるのか、全く未知数なのだ。有権者もいけない。単になまえが知れている、人気が有るから投票する人が非常に多い。
 かつて都知事となった、放送作家だった青島幸男知事が何をやったのか。石原慎太郎都知事がどんな実績を残したのか。週に2、3回しか登庁せず、今の尖閣問題の発端を引き起こした。新銀行東京を設立、都が資金を投入したが、経営に失敗した。今はどうなってしまったのか知らない。舛添要一知事は公用車を私的使用、政治資金で家族旅行、視察と称して趣味の美術館巡り。そんな知事を皆、政策でなく、知めい度だけで選んだ有権者にも責任がある。結果論だろうけど。
 本音を言えば、余り期待していないが、前原さんには地道に頑張って欲しい。ただ、次回衆院選で、僕は期待を込めて民進党に一票を投じるなんてことは、決してしない。実績を上げて、力のある政権交代可能な党に成長させてからだ。その時は、僕ももう死んでいて投票出来ないかなぁ。

 2017.08.29(火)

 起きて早々、ラジオを聴いていたら、それまでの放送を急遽止め、北朝鮮がミサイルを発射したとの放送に変えた。早速、テレビをつければ、Jアラートという警告放送をしていた。
 頑丈な建物か地下に避難しろと言っている。地下はないし、近くのマンションへ逃げようにも、どうにも仕方なく、飛んできたら諦めるしかない。
 今まで、ミサイルの飛行を分析し、日本に着弾すると判断したら、迎撃ミサイルSM3を発射する。大気圏外で迎撃したら、ミサイルの部品は地上まで落ちてくる間に燃え尽きてしまうのか。迎撃しそこなったら、PAC3で応戦すると聞いてきた。PAC3は射程距離10~20kmほどだ。旅客機は大体、高度一万メートルの高さを飛ぶ。丁度旅客機の巡航高度くらいの高さの所で迎撃するのだから、ミサイル着弾の数秒前の話だ。PAC3で迎撃して命中しても部品は広範囲に散らばるから、被害は必ず出るだろう。
 ミサイルで迎撃されるといけないので、北朝鮮は、何発も一度に発射するのだという。今日の新聞を見ていたら、1発のミサイルは3つに分離した様子だ。仮に同時に4発のミサイルを打ち上げれば、12個の飛翔体に分離することになる。そんなにたくさんに分離したら、迎撃し切れないのでは。
 全く、物騒な話である。早期に止めさせるには、斬首作戦しかないのか。

 

 2017.08.25(金)

 言っても仕方がないので、普段あまり言わない。今日は本当に『暑い』。16年前、家を建て替える時に、思い切って全ての部屋にエアコンを付けた。形の上では我が家にはエアコンが5台ある。但し、いつも僕が居るパソコン部屋のエアコンは壊れてしまっていて使えない。もう既に部品がなくて、修理上能で買い換えるしかない。何しろエアコンに書かれているメーカー吊がPanasonicでなく、Nationalだから仕方ないか。
 居間のエアコンは使用頻度が高く、人が居ることが多いので、既に数年前に入れ替えた。パソコン部屋はほとんど僕だけしか使わない。費用対効果を考えて、ひたすら秋が来るのを待つだけだ。扇風機を使っているが、暖かい空気を回すだけで、清涼感は全くない。
 昨日、エアコンの掃除をした。単にエアフィルタを洗うと言うのでなく、右手に歯ブラシ、左手に掃除機の細いノズルを持って、フィルターの奥にある、アルミのフィンの部分に付いた汚れを歯ブラシで剥離し、すぐさま汚れを掃除機で吸い取る作業をした。処置後は明らかに冷房効果が向上した。自画自賛ですけど。
 昔は夏と言ってもこれほど暑くはなかったような気がする。温暖化の影響が大きいのか。まだ新婚の頃、寝る前に用事を済ます時、扇風機を掛けながらで、十分だった。若かったから耐えられたのか。
 5月にタネを蒔き、7月頃から咲き始めたアサガオの花も、段々花が小さくなり、勢いも明らかに衰えて来た。それとも、暑いと言っても、秋が近付いている証拠なのか。即効性の鶏糞と化成肥料を施したが、最盛期の勢いを取り戻す事が出来るか。
 最近、夜の外出が億劫に成ってきた。それでも、昨日は『林家たい平の落語会』へ行って来た。 いつも出来れば一番前の席に座る。3人が出てきた。最後のたい平氏の出番の前に時計を見たら、彼の持ち時間は40分あった。演者が出て来ると、いつも『待ってました!』などと掛け声を掛ける。昨日はカミさんから、掛け声を掛けるのは止めてくれと事前に言われていた。
 そうでなければ、掛け声を掛けたかった。演者が出て来て座布団に座わり、お辞儀をした時を見計らって、『芝浜』と言いたかった。僕の声は大きいから、よく聞こえる。芝浜は大ネタである。お辞儀をした途端に『芝浜』と言われれば、演者は大変やりにくい。誰でも出来ると言うものでもない。演者にとっては嫌な客だ。でも、掛け声を封印されていたから言わなかった。
 結局、たい平氏は持ち時間の25分ほど、どうでも良いお喋りをして、古典落語をしたのは15分ほどで、誤魔化した。折角持ち時間40分あるのに、大ネタを演ずれば良いのに。適当なお喋りをして誤魔化すのは、たい平氏にとっても、良いことではないのか。
 帰り道、暗い所で虫が鳴いていた。暑くても、秋は確実に近付いているのだ。
 昔は夏は大好きだった。冬は寒くて敵わない。10月くらいが一番過ごし易いかな。

 2017.08.14(月)

 11日(金)に長女と孫2人を迎えに行った。それで今日帰って行った。我が家には車がないから、荷物があるので、今日も送って行った。パパはお仕事で、今回は来られなかった。
 久しぶりに見る孫が来るのは本当に嬉しいものである。子供の成長は本当に早い。下の孫は7ヶ月だからまだ横になったままで、特技は新聞をビリビリに破いてしまうくらいだ。何でも口に持って行ってしまうから目が放せない。
 上の孫は3歳8ヶ月。プリキアのドレスや浴衣を着て走り回っていた。幼稚園の影響は大変なもので、前回まで食事の時、食卓に座らせても遊んでばかりだったのが、今回はちゃんと食べるように変わっていたし、やっとオムツも取れていた。
 ジイジが哀しかったのは、もう大分大きくなってきたので、これが最後だと思って、ダッコしてあげると言ったら、
 『いや』
 と断られてしまった。ママは下の孫に授乳をしたり、オムツを替えたりしてどうしても、下の子にかまう時間が多くなってしまう。そんな時にはママに甘えて『ダッコ』と言うのに、ジイジのダッコでは嫌ならしい。段々自我が芽生えて来るようだ。それとも、老臭でもあるのかな。
 孫たちが居たのは丸3日間だったが、小さな子供のいる賑やかな生活を久しぶりに味わった。3人が帰ってしまったら、また、大人だけの静かな生活に戻った。ジイジもバアバも疲れ気味です。

 2017.08.02(水)

 孫と言うものは可愛いものである。ジイジとバアバは、何でも買ってやりたくなる。それを見越して、娘が電話してくる。
 3歳の孫が幼稚園の『夕涼み会』に浴衣を着て行くのだと言う。
 『3歳児なら浴衣でなく、甚平だろうよ。去年、買ってやったのがあるだろう』
 と、カミさんが言っている。その甚平はすでに下の孫に着せているとのこと。
 昨日、ジイジとバアバはパシオスという衣料品を手頃な価格で売っている店まで見に行った。8月の初日にして、もう夏物衣料はもう30~50%ダウンで売っている。浴衣を買う時期は、もうとっくに過ぎているのだ。3歳の孫が着られるようなサイズの物はもうほとんど残っていない。3歳の孫はピンクが好きだと日頃言っているから、ピンクの浴衣を買ってやりたい。雨が降り始めたので、昨日は諦めて帰宅。
 今日、イトーヨーカ堂に行って見た。ここでもサイズが合い、ピンク基調の物は既に売られてしまったようで残っていない。ドンキホーテに行って見た。子供用でも少し大きなサイズの物は有ったが、ここもダメ。ただ、イトーヨーカ堂とドンキホーテでは価格帯が全く違う。ドンキホーテはイトーヨーカ堂のおおよそ1/3の価格である。1年に1~2回しか着ない物は安い物で良いと思うが、サイズが合わなければ仕方がない。
 次ぎは丸井を回って、無ければ子供用品専門の西松屋に行こうという事にして、丸井に行った。丸井ではちょうど良いサイズで、ピンク基調の物があって購入した。
 家に帰り、娘に浴衣を買った旨、カミさんメールをした。暫らくして電話があり、
 『バーバ、ゆかた、ありがとう』
 と大きな声で、孫から電話があったようだ。カミさん、暫らく3歳の孫と話をしていた。電話の後、僕の所に電話があったことを言いに来た。狭い家だから、どんな話をしていたのか、おおよそ電話での会話の様子で分かる。もともと、口が早い子だったが、幼稚園に通うようになって、一層お話が出来るようになった。子供の成長の早さには驚かされる。
 来週の半ば頃から、一家で来るとのこと。孫が来るのは嬉しい。ふだん大人だけの3人家族の中に孫が2人入って来ると、ジイジもバアバも翻弄される。『来るのは嬉しいけど、帰るとホッとする』のがいつものパターンである。孫が来ることに備えて、危なそうな小物は押入れにみなしまっておく。帰った後は、おもちゃを片付け、小物類を押入れから出して、元に戻す。今度も『ヤレヤレ』と言う事になる筈だ。
 僕ら夫婦も3人の子供を授かった。子育て中は、いつもガチャガチャしていたのだろうと思う。核家族のせいで、ジイジもバアバも小さな子供の居る、30年以上前の生活を忘れてしまったのだろう。

 2017.07.31(月)

 『多摩川土手サイクリングロードで、走行中の68歳の老人、熱中症に伴う心上全で倒れ、病院に運ばれたが、2時間後に死亡した』
 という記事になると体裁が悪い。今日は多摩川土手を走るのは止めた。東京地方は午後からさらに気温が上がり、最高気温が34℃となる見込み。
 減量のため始めた自転車乗りは、天気予報を聞いて、今日は止めにした。多摩川土手のサイクリングロードを走っていると、高価そうで軽い自転車に乗っている人たちに、どんどん追い越される。もちろん年齢的要素はあるが、自転車が違うのだ。こちらはママチャリでなく、実用車。色こそ黒色でないが、ブルー系のブリジストンの自転車である。多摩川土手ではママチャリの人も居るが、僕のような実用車で走って居る人は見かけない。
 普通、ブレーキはワイヤーを伝って効くようになっている。我が自転車にはブレーキの伝達にはすべてロット棒が使われている。ワイヤーだと時に切れることがある。こちらはロット棒だからまず切れない。前後にカゴを付け、家庭菜園をやっていた頃は各10kgの石灰と肥料をホームセンターから運んでいた。
 家庭菜園を止めた今は、我が家に実用車は多分上要だ。買い換えたい気持ちは大いにある。実は今持ってるいるコンパクトデジカメでなく、一眼レフのデジカメも買いたい。へそくりがあるから、どちらも買う事ができる。躊躇させるのはケチな心ではなく、『終活』しているのに、新たに物を買って、また品物を増やすのかという事にある。どうしても、費用対効果を考えて、いつも使うわけでもない品物を買って、増やすのかと言う気持ちにある。老い先短いと中々欲しい物も買えない。

 2017.07.28(金)

 調剤薬局での待ち時間にTVを見ていたら、相変わらず『日報問題』をやっていた。書斎の第1034でも書いたけど、あまりにバカバカしくて腹が立つ。
 陸上幕僚長と防衛大臣が辞任することになったと言う。さっさと辞めろ。やることをちゃんとやらないから、こんなことになる。個人の自衛官の記録は行政文書ではないとかも言っている。隊員の個々の日記ではなく、部隊としての日報が何故ない?
 陸上自衛隊は南スーダンまで物見遊山で行った訳ではあるまい。それを証明するには、部隊として日報をという記録を付け、保管するのは当たり前のこと。そういう記録や報告書は公務員の最も得意とするところではないのか。出張して、出張報告をださない会社がどこにある。当たり前のことをちゃんとやらないからだ。
 それを廃棄したとか、非公開を大臣に報告してあるとか、認識していないとか、本当にバカバカしくて、腹が立ってくる。ちゃんとやるべきことはやっていれば、何も問題はない。こんな日報問題というレベルの低い問題で、てこずっているのは意味の無いことだ。他にやることがないのか。内閣支持率が下がるのは当たり前。
 野党第一党の民進党も情けない党で、蓮舫代表が辞任したって、代表候補が居ない。政権交代も出来ない野党の存在が、与党の緊張感を搊ねたとも言える。

 2017.07.20(木)

 私がパソコンをいじくり回すのは、古本屋で買ってきた本を使っての、ほぼ自己流である。すっと以前、NCプログラム作成用パソコンソフトの講習をマンツーマンで、2日間ほど受けたことがあるだけだ。その時は、これほどパソコンが普及していない時で、Windowsの基本的な使い方すら知らなかった。
 昨日、パソコンの操作を習ってきた。それも、MSの『Word』だ。Wordは報告書などの文書を作るワープロソフトだ。報告書の説明用に写真を挿入したりする程度で、ほとんど、文書作成用のワープロ機能のソフトとして使ってきた。
 知人に話を聞いて、参加させてもらった。アパートの2階空き部屋で開催され、1回約2時間で¥500。受講者は僕を含め4人、僕の他は全ておばあさん。先生はもしかしたら、僕よりお若いかも知れない。
 Wordを使っての『お絵描き教室』のようなものだった。今まで、パソコンを使って絵など描いた経験は全く無い。出来上がっている製品を見せて頂いたら、Wordでこんなこと出来るのかと驚いた。
 初回と言う事で、先生にマンツーウーマンで2時間教えて頂いた。取り合えず、1回目は『夏祭り』のポスター作り。オートシェイブ、テキストボックス、ワードアート、グループ化など普段使っていない言葉ばかり出て来る。風に吹かれたのれんがはためくように、のれんに書かれた文字も歪むようにする。加えて自分の頭も固くなって、中々覚えられないから、付いて行くのがやっとである。
 僕が先生を独占してしまっているが、他の受講生の方は皆、時節柄、各自デザインして、オリジナルの暑中見舞いの図柄を描いているのが見える。僕の色ツケは、ツールバーの『塗りつぶし』機能を使って、設定されている赤、黄、青、オレンジなどの単色しか出来ない。皆さん、色々な色を配合したり、グラデーションなる技も使って作品を作っている。
 受講生の皆さんのパソコンは、Windows10の真新しいものばかり。僕のように楽天市場の通販で買ったVistaにWindows7のOSを乗せた2万円もしない中古機で、XPに乗っていたWordやExcelを使っているなんて、ケチ臭い人は居なかった。年寄りは金持っているんだなと感心する。
 1回の講習で¥500だし、人数も少ないから、しばらく通ってみるかなと思う。ちなみに、知人は3年半習っているのだという。

 2017.07.18(火)

 三浦綾子さん原作の、『母』という映画を観て来た。小説家 小林多喜二さんの母親を描いた映画です。小林多喜二さんはご存知のように『蟹工船』を書いた小説家です。蟹工船は高校生の時に読みました。もうすっかり忘れてしまいましたが、小林多喜二さんは治安維持法の元に、裁判を受けることもなしに、特高警察の拷問で殺されてしまいました。日本も酷い時代があったものです。
 小説を書くだけで殺されてしまうのです。国家の意向に沿っていないと言うだけで、殺されてしまう。こんなことが隣の大国でまだ起こっているのですから、大変なことであります。映画を観ていて涙が出て仕方なかった。
 ずっと雨が降っていませんでした。午後になったら、一転、空が暗くなり、雷と共に、大粒の雨が降ってきました。もう、梅雨も終わりかな。昨夜、ベランダに出て、タバコ吸っていたら、夜の匂いがした。暑さにはもう参っていますが、あと1ヶ月ほどは寝苦しい日が続くことになるでしょう。

2017.07.17(月)

 長女の所に行って、孫の顔を見てきた。上の孫は3歳7ヶ月、下の子は6ヶ月になった。寝返りが出来るようになった。ジイジとしてはたまに顔を見て、育てる責任がないから、孫は可愛い。だが、育てる当事者である親は大変だ。子育てはとても手間ひま掛かる。ジイジもバアバも3人の子を育てて来たが、もうその大変さを忘れかけている。
 海の日だった。夜のテレビニュースで、事故にあった報道がたくさんあった。川で泳いでいて溺れて亡くなった16歳の少年がいた。ここまで育てたのに、親御さんとしてはさぞかし無念であったろう。少年としては無茶をしたい年頃なのかも知れない。子は自分で大きくなったと勘違いするかも知れないが、親になって初めて、育てる大変さを知る。

 2017.07.15(土)

 私の住む南関東はもう10日くらい雨が降っていない。一々調べたわけでもないが、そんな気がする。朝5時前に起きる。年寄りだから目が覚めてしまう。3階のバルコニーの所に行ってサッシの引き戸を開けると、今日も晴れだ。最近は、朝起きると、こんなことしている。もう、うんざりだな。
 『また、今日も暑いのか』
 それでも、北関東の熊谷や館林のように、37℃にはならない。暑くても川崎では33℃くらいだ。何もする気が起こらない。世界を見ても、熱帯や亜熱帯地方に住む人よりも、寒い地方に住む人の方が、豊かな生活をしているような気がする。暑い地方に住む人は、働く気が起こらないことを考えれば了解できる。
 5月末で借りていた畑を返却した。今、その畑の部分に家を建てる準備をしている。大きな楠や 潅木を取り除き、土質改良し、ブロック塀を建てた。パワーシャベルで穴を掘ったり、また埋めたりしていた。
 昼間はずっとうるさくて、家も振動で地震があったかのように揺れた。もう、その作業も終わって、騒音と振動からは開放された。今日は土台を作るための鉄筋を組んでいる。
 ずっと雨が降らず、暑いと言って来た。ガテン系の仕事をしている人たちは凄い。我が家の前の 建築現場は、我が家と同様日陰が全くない。朝から日向でずっと作業をしている。さすがにペットボトルの飲料はたくさん飲んでいるようだ。それでも、日向の作業は辛いに違いない。僕にはとてもじゃないが出来そうにない仕事だ。家に帰ってのビールは美味いに違いない。

 2017.07.11(火)

 日中は酷く暑い。小中学生の下校時間に合わせて、黄緑色の揃いのベストを着て、週1回程、町会で防犯パトロールという巡回をやっている。昨日が防犯パトロールの日だった。ほとんどが既にリタイアしたオジイサンたちばかり。午後3時の集合はまだ日差しがキツイ。
 私の住んで居る所は平地だが、町会内の学区には山がある。急な坂道を登るのは本当に辛い。汗がどんどん出て来る。ほとんどの方が僕より年配の方だから、僕が弱音を吐くわけにいかない。
 パトロール中に出会った小中学生は、声を掛けると皆、挨拶を返してくる。気持ちの良いものだ。こちらから挨拶すると返してくるが、子供たちの方から自主的に挨拶してくるようになれば良いのだが。

   九州北部の災害、大変です。あれだけ大量の木材が流されて、それも皆、流されて行くうちに樹皮が裸にされている。いかに自然の猛威が凄まじかったか知れると言うものです。暑い中、復旧していかなければならない。本当にご苦労様です。
 同じような瓦礫の山が、イラクのイスラム国の拠点だったモスル。戦争によって崩された瓦礫の山。モスルは既にイスラム国の拠点ではなくなったようです。今後、誰がどうやって統治していくのか。問題はイスラム国掃討のために送り込まれた大量の武器だ。
 元々、イラクはイスラム教シーア派が多数を占め、対立する少数派のスンニ派が、同じスンニ派のイスラム国を呼び込んだようなもの。イラクでのイスラム国は拠点を失ったとは言え、多数の武器を持ったまた違う組織が出現しなければ良いが。
 イスラム教は飲酒を禁じているとの事。イスラム国の幹部は肉林は分からないけれど、極秘に酒池の生活を送っていたと報道されていた。権力を持つと、民衆から搾取する一方で、ごく一部の者は、何処でも、どんな贅沢な生活をしているか分からない。

 2017.07.08(土)

 毎日、暑い日が続きます。人生も折り返し点は、とうに過ぎ、ゴール間近に成ってくると、冒険するのはしんどい。しんどいのは暑さのせいばかりではないであろう。ほんのちょっとした試みでも、気が重い。結局はマンネリが一番楽だ。
 他の人に聞いたことないけど、口には出さずとも、他の人もきっとそうに違いない。いつだか分からないが、衆議院議員選挙が行われる。僕はこれでも、70歳まであと約2年ある。議員さんも定年制を設けた方がいいんじゃないかい。もちろん個人差は有る。習慣化されたことを、今まで通りやるのが一番楽だ。年取ると動くのが本当にしんどくなる。そういう人には議員をやってもらいたくない。
 金田法務大臣と言う人が居た。『共謀罪』について、国会で責められていた。どうも理解して発言しているとは思えなかった。彼は次回は立候補しない方がいいよと思って調べたら、僕より4ヶ月ほど若かった。

 2017.07.05(水)

 我が家の座卓の上にポインセチアの鉢うえが置いてあります。ポインセチアというなまえが思い浮かばなくとも、11月の終わり頃から、シクラメンと共に園芸店の店先で見かける、そう、赤い葉の鉢うえです。
 もう、今となっては、赤い葉は落ちてしまったり、暗い色に変色してしまっています。その代わりに、緑の葉がすくすくとたくさん伸びています。何処のご家庭でも、クリスマスが終わり、年が替わった頃になりますと、邪魔になり一晩でも、ベランダなどの屋外に出した途端、しおれてしまって捨てられてしまうことが多いのではないでしょうか。
 冬場に売られるから、寒さには強いのかと誤解されますが、ポインセチアはメキシコ原産の、熱帯が原産地ゆえ、寒いベランダに出せば、枯れてしまう運命にあります。それを知っていますから、我が家では、ずっと座卓の上に置いたまま、今を迎えて居ります。
 さて、時期が来れば、この緑の葉が買った時のように、何もせずに赤く成るかと言うと、そんなことはありません。赤くするには、ダンボール箱を被せるなど、人工的に日照時間を調節する処置を取らなければなりません。
 ちょっと、そんな面倒なこと出来ませんから、我が家ではこのままずっと、緑の葉をつけたまま 今年の冬を迎えるのではと思います。生命のあるものですから、ないがしろには出来ません。我が家でペットを飼わない理由です。葉が赤くならずとも、座卓の上に置いたままでしょう。赤くならないポインセチアも、ちょっと処置が困るものです。

 2017.06.30(金)

 今朝、アサガオが咲いた。アサガオなど珍しくもないでしょう。小学校低学年のようだ。とても楽しみにしていた、家庭菜園の畑がなくなってしまったので、慰みにアサガオのタネを蒔いたものです。つぼみのうちに、赤い花かと予想していたら、オーソドックスなところで紫色の花でした。
 子育ても縁が切れてしまうと、人はペットを飼ったりするものなのでしょう。我が家には犬や猫など、ペットを飼う場所的な余裕がありません。生物を飼う以上、餌を与えたり、生死に関する責任があります。我が家では、飼ったとしても、金魚などの水生動物が良いところなのです。
 本当はアメリカザリガニを、つがいで飼いたい。ザリガニのヨロイを着たような姿が、何とも子供の頃から好きなのです。
 昨日、神奈川県立の東高根森林公園に散歩に行きました。普通、公立の公園では園内の生物を採取したりするのは禁止です。東高根森林公園では、アメリカザリガニが繁殖してしまって、多分、ザリガニだけでしょうが、採取を許可しています。持ち帰りもOKです。魚はダメです。ザリガニ釣りをやっても、持ち帰り出来ない人のため、公園入口にバケツを置いてあり、持ち帰り出来ない人はそのバケツに入れて帰るようになっています。
 私が行ったのは木曜日の朝9時頃でしたから、残念ながらザリガニはバケツに入って居ませんでした。もし入っていたら、持ち帰りたかったのに。
 私の長女なんかは、今、子育て真っ最中です。子育ての他に、ペットなど飼いたくもないでしょう。子育ても終わり、定年も過ぎると何か世話をしたくなるものです。

2017.06.27(火)

 将棋の公式戦29連勝の藤井4段は、並み外れた天才少年だ。すごいけど、NHKの9時からのニュースで、30分くらい藤井4段を題材として取り上げていたとは情けない。日本人全体が熱し易くて、醒め易い性格の持ち主と言う事が良くわかる。ちょっと悲しいことだ。
 ノーベル平和賞受賞者で中国の民主活動家、劉 暁波が末期肝臓がん治療のため、仮出所となった。こちらのニュースの方が、将棋よりもっと大きく取り上げられて良いと思うが。中国の民主化活動に対する状況は、段々悪くなるようだ。
 欠陥エアバック・リコール問題を起こしていたタカタが、民事再生法を申請した。この例は経営者の能力欠陥の典型的な例のような気がする。上に立つ人、指導者次第で、こうも違うものか。従業員も、取引先もこれから大変だ。
 月に一度通っている循環器科に昨日行って、診断を受けた。診断の度に、心臓に負担が掛かるから、体重が60kg以上にならぬよう指導を受けている。受けているにも関わらず、昨日の計測では64kgになってしまい、医者よりこっぴどく言われた。風呂上りに毎夜食べていたアイスクリームが原因かも。
 普通の人なら、64kgなんてどうと言う事ない体重だ。むしろ、少ない方だ。3~4kg体重が増えると、3~4kgの重りを背負っているのと同じと言う、例え話をされる。心筋梗塞になると脅される。体重をを減らすために、昨夜からご飯をお茶碗に半分くらいしか食べていない。お腹がすいて、何とも情けない。
 『書斎』の話題ではないが、酒は呑まない。タバコも吸わない。ご飯も半分しか食べない。それに、今日から自転車にも乗るという課題を自ら課して、これから乗ってくる。勤めていた時、ろくに動くこと無かったが、『通勤で使うエネルギーはすごい物なんだなあ』とつくづく思う。

2017.06.24(土)

 どうも、神経が分からない。自分の嫁さんが亡くなった。記者会見をすると言って、記者を集め、嫁さんが亡くなったことを報告するかい? それも、最後の言葉が『愛してる』なんていう言葉まで発表するなんて。 それは『夫婦の会話』でないのか。
 嫁さんが書いていたブログを読んで、同病の人や、病気は違っても闘病生活している方の励みになっていたとか報道されているけど、ブロガーが死んじまっちゃーお終いよ。病気に打ち勝って、全快したというなら分かるけど。
 『やっぱり、ガンには勝てなかった』
 『やっぱり、ダメかぁ 』
 で終わってしまう。
 市川海老蔵、小林麻央夫妻がどれだけ社会に貢献したか知らない。公共放送のNHKが夕方7時のニュースのトップに小林麻央さんの死亡報告するのも、やり過ぎでないかい。彼女の死がどれだけ公共性があるのか理解できない。一家族とその親類の問題だ。
 人は誰しも死を迎えます。これは避けられない。老衰、病死、自然災害死、交通事故死、自死、殺人被害、その他、死因は色々あると思います。それぞれの人が迎える死があって、それと、麻央さんの死が、NHKの7時のニュースのトップで放送するほどの価値や意義があるのか、私には全く理解できなかった。
 『埼玉県秩父市吉田町 3丁目のOOさんというオバアサンが、老衰で亡くなりました。95歳でした』
 事件性のない、ごく一般の人の死亡報告を、公共放送のNHKニュースではしないだろう。
 歌舞伎役者という職業は、人気有っての商売だと思う。舞台の上は『見世物』という職場だ。こうした芸能に関わる人も、大抵、仕事場を離れたら、『普通の人、普通の家族』を望むものと、私は思っていた。
 今度の記者会見から始まる行動は、自分の身の回りの事は何でも、話題のネタにしようとする意図があるように勘ぐってしまう。

 2017.06.22(木)

 梅雨さんよ。関東では、6/7に梅雨入りしたのに、一昨日までに1mm以上の雨が降ったのが3日だったのだとか。空梅雨だと、また真夏に水上足や、貯水池の水量が満水時の何%だと言われてしまう。あなたも義理堅いと言うか、律儀と言うのか、一刻者だね。
 土砂崩れを起こすほど一度に降らなくても良いのです。そんなことすると、かえって評判を落としてしまうよ。満遍なくと言うのが肝心だ。
 将棋の藤井聡太4段 すごいね28連勝。マスコミも明るい話題がないから、取り上げているが、マスコミの人達が騒げば騒ぐほど、中学生にプレッシャーを掛けて居るんだよ。
 将棋は何処となくジジ臭い競技。ここで若いスターが出て来れば、将棋連盟はウハウハだよね。ここの所、電脳戦では、AIにプロ棋士が負けてばかりだったり、スマホでカンニング疑惑など、暗い話題も多かった。その状態でのスター誕生だから嬉しい。
 勝ち続けて脚光を浴びている棋士の影で、敗れて行く棋士もいる。勝負という厳しい世界に、承知の上で身を置いているのだが、つらい人生模様を感じるな。

 2017.06.18(日)

 昨日、クラス会に出席したのが、響いているのかも知れぬ。午後10時前に寝た筈なのに、朝、目覚めてスッキリしない。早朝に目覚めてしまうからだ。希望としてはもう少し寝て居たい。だが、目覚めてこれ以上寝ていられない。
 寝るのには体力が要る。体力がないから、寝ていられない。それで居て、起きて着替えても、眠いような気がする。まだ起きたばかりなのに、朝食を摂った後、横になれば、直ぐに寝入ってしまう。完全な老化現象だ。

 2017.06.13(火)

 梅雨に入ったのに、南関東ではちっとも雨が降らなかった。だが、一日中、降ったり止んだりの天候である。夜になっても、この状態が続くらしい。畑を借りての家庭菜園を止めてから、今はもっぱら鉢で草花を育てている。
 猫額の庭ゆえ、鉢はルーフバルコニーに置いてある。天気のよい日には昼間はずっと、日が照っているような家だ。水をやらなければいけないのだが、水を下から3階まで運び上げるのは、老体にはキツイ。普段はどうしても水遣りの量が少な目となる。この雨ですっかり水を吸い込んだであろう。
 雨が降ると日課の散歩が出来ない。傘を指してまで、散歩に出ようとは思わない。『ボーっ』としているのが、主たる業務と成ってしまった身にとって、雨降りは辛い。雨でもやめば、町内及び商店街のパトロールに出掛けられる。パトロール出来ないと、街の治安が心配になる。西部劇の保安官は星型のバッジを付けていた。こちらも外から見て、パトロールと分かるように、ビール瓶の王冠でも胸に着けるか。丁度、サッポロビールの王冠には星印が付いているから最適だ。
 人は中身である。自分は外見をあまり気にしないタイプだ。だが、通学路を見守る筈の保護者会の会長が学童を殺める時代である。恐ろしいのは、公園で幼児を遊ばせるママさん達の視線だ。公園のベンチでうずくまる、花鳥風月を愛でるブルーシート系の風流人や、挙動怪しき人と同一視されては甚だ迷惑。胸に輝く星印の王冠は町内巡回の必須アイテムである。
 パトロールは栄誉ある仕事だ。胸を張って堂々と歩かねば成らぬ。一方では100円玉でも落ちていないか、頭をよぎる。自然と伏目がちに成ってしまう性は抜け切れない。パトロールという使命感を持たねばならない。子供の頃の『兵隊さんゴッコ』じゃあるまいに、いい大人がビールの王冠など胸に付けているのば、どうみても精神的におかしいと思われてしまう。良い子の皆さんは真似しないように。
 その昔、バアサンが使っていた簡易ベッドが折り畳まれて部屋の隅にある。電動式で体を起こせるようになっている。今は誰も使っていない。プラスチック製の脚が壊れてしまっているのを、昨日発見した。1脚に付き、キャスターが2個付いている。良い物を見つけた。これを修理しよう。
 頭中に材料力学の知識を総動員させる。『プラスチック部分を接着剤で付けても、荷重に耐えられない』との解を導き出した。どうすれば良いのか考える。強度を必要とする脚の基本部分を、アルミ製の角パイプにするか、木材を使うかで迷う。本来ならアルミ角パイプを使いたいところである。どうせ修理するなら、見た目も良く、しかも十分な強度を持った物としたい。
 腕が良くても、アルミ角パイプを選ぶと、工作する道具が無い。一般家庭に金属切断機や溶接機などあるものか。諸般の事情を鑑み、強度部材は木製とする結論に到る。昨日、ホームセンターに行き、角材と補強金具だけ買ってきた。材料費合計税込み¥650*。キャスターや一部部品は、元々のプラスチック脚を上手に壊して、部品として使うことにした。
 本日は、大安である。工事を開始するには、縁起の良い日に限る。外は雨、屋内作業となる。部屋の中で作業する故、万全の処置、養生、準備をしてから開始しないと、またカミさんに何言われるか分からない。40年以上の経験則が、有効で滑らかな作業遂行には必須である。
 古新聞置き場から、食品スーパーの折込チラシを1枚持って来て、机の上に広げる。新聞1ページ大の大きさである。プロに作業スペースはこれで十分である。ただ、のこぎりで切るのも、ノミをハンマーで叩くのもなるべく音の出ぬよう十二分の配慮が必要である。カミさんが覗きに来れば、また一言、二言では済まないであろう。
 本日の作業で穴あけ以外の、主要部分の加工は終わった。右掌が1箇所赤くなっている。穴あけ作業は切り子が飛ぶ。プロと言えど穴あけは屋外作業としたい。一日中『ボーっ』とする業務の中で、やっと見つけた作業である。1日で完成させてはもったいない。楽しみながら作業したい。

 2017.06.10(土)

 毎夜、11時くらいに寝る。朝、5時半くらいには目覚めてしまう。勤めているわけではないから、もう少しゆっくり起きればと思う。この歳になれば、6時間寝れば十分なのだとか。寝るにも体力がいる。もう体力がないという事なのだ。
 梅雨なのに、今朝は一面の青空。日差しも強い。ただ、日陰に行けば、通り抜ける風は高原にいるような思いにさせてくれる。しかし、それもしばしの間。今日の最高気温の予想は32℃だ。
 2~3日前、アサガオの鉢に支柱を立てた。ツルが巻き付いている。このまま伸ばせば、支柱の先端まで直ぐに行き着いてしまう。ツルをほごして、途中の円形の針金に巻き付け直す。折角、上に向かって巻き付いたものを、横方向の周回方向に矯正してしまう。ちょっと可哀想だがまあ、仕方がないか。
 巻き付ける時、本来、左巻きにするところ、あえて『右巻き』に巻いたらどうなるのだろうと思ってしまう。アサガオは悶えるに違いない。どうも、サディスティックな性癖を持っているのか。思っただけで実行はしない。

 2017.06.08(木)

 邦画を見に行った。場所は二子玉川 109 シネマズと言う所。昔の二子玉川は、隅から隅まで良く知っていた。今はビルが立ち並んで、方向感覚がすっかり分からない。それでも、この映画館には何度か足を運んでいながら、この有様だ。
 見た映画は、山田洋次監督の『家族はつらいよ2』というもの。山田洋次監督は『寅さんシリーズ』を撮っていた監督さんだ。寅さんが亡くなってしまったから、今度は『家族はつらいよ』シリーズなのか。内容は喜劇なのに、見ていて哀しくなってしまった。
 平日の午前中に見に行けるのは、ほとんどがシニア割引の、それも女性が圧倒的に多い。もちろん、連れ立ってくる人もいるが、年配女性一人と言うのもたくさん居る。友達も、連れ合いも居ないのか、こちらも寂しい。
 映画後、昼食を摂る事にした。僕としては珍しく、いつもの大ザルそばではなく、ドリアなるものを食べた。何だか分からないから、『 キノコと明太子クリームソース 焼きオムドリア』を注文した。ドリアは産まれて初めて食べる。オムドリアだから、オムレツよりもずっと厚い卵焼きのような物を被せてあった。
 壁に貼ってあるポスターに、『お客様に暖かく召し上がって頂くために、火の付いた状態でお席に運びます』と書いてある。温泉旅館に行くと、夕食に固形燃料に火を付けて、その場で小さな鍋物を作る料理が出て来る。丁度、鍋より下の部分のセットまでは全く同じ。このセットの上に厚い皿を置き、ドリアなる物が出てきた。注文から出て来るまでが早い。やはり、固形燃料は準備が早いのか。
 オムレツの上に、クリームソースがかかったような物である。僕は『無類の猫舌』だ。熱くて熱くて、中々食べられない。スプーンで小鉢に移動し、フウフウしながらやっとこさ食べた。確か、『キノコと明太子のクリームソース』にした筈だ。熱くてやっと食べたせいで、キノコの味も、明太子の味も少しも分からなかった。味が分からなくちゃー、何のクリームソースでも同じじゃないか。

2017.06.07(水)

 仕事から離れたら、どこか近くで『文章の書き方講座』をやっていないかと探した。併行して、『○○○文章教室』なる新書を買って来て、数冊読んでみた。『○○○文章教室』には、それぞれ、知らなかったことも書いてあり、参考にはなった。でも、満足すると言う領域には決して行かない。
 書中に例文として紹介されている文は、僕の書く物なんか足元に及ばぬほど格段に上手い。上手な文と分かるだけでも良いかなと思う。どの本も何処か物足りない。探しているイメージとは違う。
 結局思ったことは、『○○○文章教室』を読んでも、決して上手くならない。『畳の水練』なのだ。文章が上手くなるには、上手い人の文を真似ること、つまり、ひたすらたくさん読むことであり、闇雲にたくさん書くことなのだ。自分で書くことなしでは決して上手くならない。出来れば書いたものを添削して下さる所があれば、なお更、良いと言うことが結論となった。

 2017.06.01(木)

 こうして駄文を書いているけど、ネット上にアップすると文字化けを起こしてしまう文字がある。今、分かっている漢字が6文字ある。気が付かないだけで、もっとたくさんあるのかも知れない。文字化けすることが分かっていて、使うわけにもいかない。
 文字化けする文字がたまに使うようなものであれば、大して気にすることもないのでしょうが、如何せん僕の使う語彙の在庫が少ないものだから、甚だ困る。違う言い回しにするのも中々難しい。何とかならんものなのかな。

2017.05.28(日)

 散歩もいつも同じコースでは飽きる。いくつかのコースを自分で作っている。今日は『せせらぎ遊歩道』のコースを行った。せせらぎ遊歩道には浄水場で濾過した水を流している。この季節になると、50cmくらいの細い棒の先にタコ糸を結び、先端にスルメを付け、重りには5円玉を通したもので、ザリガニ釣りをする、幼稚園生から小学生低学年の子供を連れた親子が何組もいる。
 石と石との隙間に潜んでいるザリガニをスルメで誘き出し、出て来たところで、横から網ですくう。見ていると大人の方が、夢中になっている場合が多い。プラスチックの小さな飼育箱の中に1~2匹の釣果が入っている。
 実を言うと、僕は水生動物が好きだ。僕もザリガニ釣りがやりたいのだ。小さい子を遊ばせる口実にやりたいのだが、孫は外孫だし、まだ小さ過ぎて、ザリガニ釣りのダシにならない。
 かつて、多摩川で取ってきた、2cm位のフナの子を大きく育てたこともある。大きくなり過ぎて、我が家の槽では飼い切れず、多摩川まで戻しに行った事がある。
 せせらぎ遊歩道を行くと、カルガモの親子に出会った。お母さんカルガモに、子供が3羽。この雛はもう3週間ほど経つか。また先に行くと、お母さんカルガモに、産まれてまだ間もない雛が10羽ほどいた。10羽ほどと言うのは、チョコチョコ動くので中々数か数えられない。
 また、先に行けば、お母さんと7羽のカルガモの子が居た。この組はもう、1ヶ月くらいは経過していると思う。すっかり成長して、お母さんより1~2周り小さいかなと言うほどまでになっている。この雛たちは4月末には11羽兄弟だった。産まれ立ての雛は陸に上がった時に、猫、カラス、時には鵜にやられてしまう。もう大分大きくなったから、危険察知能力も出て、大丈夫ではないか。
 散歩には歩数計とストップウォッチを持って歩いて記録を付けている。仮に一歩60cmと仮定すれば、今月も既に70km以上歩いたことになる。一度にこれだけの距離を歩くのは中々大変だけれど、チリも積もればで、続けていると大変な距離になる。その内、1年で地球の距離を歩いたという事にも成りかねない。冗談ですけど。

 2017.05.24(水)

 昨夜、永 六輔さんの『大往生』と言う本を読みました。
 人は誰しも必ず死にます。動物でも何でもこれは同じで、生きているものは必ず死にます。死ぬのが分かっているのに、私たちは一所懸命生きようとします。体のどこも悪い所も特に無く、いわゆる老衰で天寿を全うされる方も居れば、ガンのような病気で亡くなる方もいらっしゃる。以前はガンも告知されませんでした。今は患者に告知するそうです。
 余命3ヶ月と宣告された時、自分は残された余命で何をするか考えたり、後、3ヶ月で死ぬのが怖くてうろたえる方も居るようです。どなたも死んだ経験が無いものですから、死は痛いのか、苦しいのかすら分かりません。うろたえるのも当然です。
 一方で、後数ヶ月で死ぬと宣告されても、それから英会話や、ウクレレを習ったりする方も居るそうですから、人の心はそれぞれであって良いと思います。
 死は生きる者の宿命です。自然のことですから、死が訪れることを、自然に任せるしか、仕方ありません。同じ死ぬのでも、事前に分かって死ぬ方は、まだ覚悟が出来て、幸せと言えるでしょう。
 またも自爆テロが英国であり、22人の方が亡くなりました。何も分からぬ一瞬の間に、手足はもげ、内臓も飛び出して、誰が誰だか分からない。さぞかし無念でありましょう。それどころか、無念と感じる前に亡くなってしまうのですから、むごいことです。何とも言いようがありません。

 

 2017.05.22(月)

 今までパソコンを2台使っていた。Windowz 7とXPのパソコンである。両方ネットに繋げるられる。7にはウイルスソフトが入っているが、XPは無防備だ。かつて、XPにもウイルスソフトを入れようとしたが、とにかく動きが遅くなって、諦めてしまっていた。2台とも自由自在に使いこなして来たのでは決して無い。
 僕にとっては、2台のパソコンを使い分けるのは、甚だ面倒くさい。僕のパソコン使用歴は長いのだが、教室に入って習った訳でもなく、全て自己流でやっているから、パソコンの知識はほんに心もとない。少しずつ移設して来た。
 最後の砦がHPであった。HPは今までずっと、XPで作って来た。HPは作り始めて17年くらいになる。僕にとっては、愛着があり、『宝物』とも言えるものである。
 昨日夕方、HP作成の本と首っ引きでやっと、7に移し終えた。昨日まではXPで、今日は7で キーボードを打っている。思えば、長いことやってきたものだ。初めは『HP作成ソフト』で始めた。暫くして『html』ファイルを使った方式に変えた。それにしても長いこと露出狂的なことを続けてきたものだ。
 HPの移設と言う僕にとっての大事業が終わったので、後、1時間もすれば完全に移動し終わる。何故かとても嬉しい。移設がすべて終われば、机の上を占領していたXPを片付けられるから、机が使える。

 2017.05.16(火)

 カミさんと小田原に行った。小田原城近辺の散策である。年金生活であるから、なるべく安い方法をとネットで調べた。川崎駅経由で東海道線で行く方法では片道¥1317、登戸経由で小田急線の急行で行く方法だと¥885である。片道で¥432も違う。所要時間では10分だけ東海道の方が早い。どちらも民間なのに、どうしてこうも値段が違うのであろうか。当然、小田急で行った。
 小田原駅で降りると、やはり、駅周辺はかまぼこ、ひものなど海産物関連のお土産店が多い。少し離れれば、小田原の街はとても静かで素晴らしい。こんな街に住みたいなと思う。もっとも、平日であるから、静かなだけで、土日祝日には観光客で溢れているのかも知れない。
 鎌倉という街も、イメージだけは、静かな古都として、住んでみたいと憧れる。ところが休日には路地までも観光客が入り込み、ゴミは捨てるし、地元の人が車で外出したくても、人が溢れて中々大変なのだという。人がたくさん居る所は遠慮したい。
 平日の小田原はとても素敵な街だ。だが、街のあちこちに『ここは海抜○○メートル』という表示が出ている。そうか、小田原は津波が押し寄せて来た時には、とても弱い街なのだ。
 小田原城に登った。小説を読んだり、NHKの大河ドラマ『真田丸』を見てきたので、多少の知識がある。馴染みの武将や城主が出てくると親しみを感じる。大きな石垣が積まれ、どうやって運んだり、積み上げられたのかと、想像を逞しくすると楽しい。
 小田原城は復元・改修工事をしたばかりだ。城を復元した木材の切り出しや、工事に携わった棟梁や工法の紹介もされていた。職人さんの丁寧な仕事は、工場で同じ物を量産してきた者にとっては羨ましい。石垣の途中、はるか上の方に青大将がいた。あんなところに一体どうやって登ったのかしら。
 観光客は僕らのような、既にリタイアした老夫婦や、年配の女性のグループ、外国人ばかりである。男の年配者のグループは見かけない。男は弱いから先に亡くなるか、仕事ばかりして来たせいで、仕事を離れると友人が居ないのであろうか。
 昼食時にカミさん、行きたい店があるという。休日には客が一杯でとてもじゃないが入れないのだと言う。『だるま』という明治時代からの店に行った。それでも、店先に20人弱の人が待っている。まず、店内で登録だけして、店の外で待つ。しばらく待って入店。どうも、この店は、海老天丼と海産物がメインの店らしい。店内には壁やふすま、間仕切りなど彫刻が施されていて、大変お金が掛かっていた様子がわかる。
 海鮮丼を頼んだ。値段も良いが、丼の上に載った具が多くて、ご飯を掘り出すのが大変なくらい。とても旨かった。金目鯛の煮付けも旨そうだった。僕は肉でも魚でも大好き。魚を食べ散らかす人が居るけれど、魚をばらして食べる術は母親ゆずりか。でも今日はパス。
 駅に向かって歩いて行ったら、『さつま揚げ』の店があった。お土産にさつま揚げを買うことにして、入店。もう、我が家も3人家族になってしまったから、あれこれ色々な種類の物を少しずつ頼んだ。注文を受けた後、おねえさん、店の奥の調理場に入って、揚げている。ショーウインドの物を包んで客に渡すのかと思ったら、
 『当店では、お客様の注文を受けてから、揚げるのです』
 とおっしゃる。客が立て込んだら、とても一人では対応できまい。今日は平日で客が少ないから一人でやっているのであろう。休日では、客の応対する人と、揚げ物専門の人でやらなければ、とても間に合わない。こんな、のんびりしたところが堪らない。
 世の中には、マンホールの画像を映して集めることを趣味としている方がいらっしゃる。僕も趣味と言うほどではないが、行った先々で変わったマンホールの図柄があると、写真を撮ってくる。もう、10枚ほど集まったか。小田原のマンホールの図柄は小田原城を背景に、下帯姿の裸の男たちが神輿のような物を担いでいる物だ。多分、海の中に担ぎ込む神事があって、それに由来しているのではないかと勝手に想像する。ちなみに、山形県の上山ではカカシの図柄で、それぞれの地方のデザインのマンホールがあるから面白い。
 帰りも小田急線の急行に乗って帰って来た。その電車は登戸を通過するタイプの急行であった。電車内で居眠りしていたものだから、車内放送を聞き漏らしたらしい。旅行も中々出来ないが、平日のこうした散策も楽しいものである。

 2017.05.15(月)

 ずっと以前から、鼻が悪かった。風邪を引いたのが切っ掛けだろうと思う。風邪の症状は治ったと思ったが、鼻づまりだけが残った。耳鼻科に通っていたが、忙しくて通院をサボっているうちに、耳鼻科のやさしそうだった老医師が廃業してしまった。
 近くに耳鼻科の医院がないので、市販の点鼻薬でごまかしていた。蓄膿症なのだろう。今は副鼻腔炎という。夜、寝る時に困る。口呼吸しているのであろう。朝目覚めると、口の中がカラカラでタンも出る。
 意を決して、別の耳鼻科を探して、今日行って来た。薬を1ヶ月間飲んで、それでも思わしくなければ、手術した方が良いという診断だった。もっと早く受診しておけば良かった。今まで躊躇していたのは、小さな子供が待合室にたくさん居て、待たされるのが嫌だったのだ。待つのは本当に嫌いだ。10時半くらいに行ったら、待合室には数人しか待って居なかった。ラッキーである。
 昨日、テレビを見ていたら、大相撲の当日券を求めて、午前2時に家を出て、並んで当日券を求めたという人を紹介していた。信じられない。あんな物はテレビで見ていた方が余程ましだ。
 これで4箇所の医院に通うようになってしまった。内科、循環器科、皮膚科、歯科、そして今日の耳鼻咽喉科だ。まるで、病気のデパートのようになってしまった。
 日本の社会保障費のうち8割くらいが、年金と、老人が多く使う医療費に使われて居るのだと言う。僕なんか自分で払う税金より、国民の税金から頂く方が多いのではと思う。さっさとFade outした方が良さそうだ。
 先日、面白い小噺を聞いた。おばあさんが三途の川を渡るために、水泳を習うのにスイミングスクールに通うようになった。コーチの教えがよく、おばあさんは少し泳げるようになった。その家の嫁さんが飛んで来て、コーチにお願いした。『決して、ターンは教えないで下さい』と

2017.05.09(火)

 円形脱毛症である。目立たぬよう、息子の結婚式までと思って髪は、伸ばしていた。このところ暑いのと、薬を塗るのに髪が邪魔してよく塗れないので、床屋に行って思い切って5mmの丸刈りにして来た。
 医者に通っていたが、髪が生えて来るより、抜ける方が多いらしくて、想像していたよりも症状は重い。このままでは、全ての頭髪が抜けてしまうのではないかと思ってしまう。薬を塗布して来たせいか、ひげは段々生えて来た。ひげはなくても良いのだが、中々思うように行かないものだ。

 2017.05.06(土)

 明日は我が末っ子の結婚式だ。昨年8月から一緒に暮らしているのだから、改めて結婚式を挙げなくても良いのではと、こちらは思うのである。末っ子だから、いい加減になる。先方の親御さんとしては長女であることだし、地方であることから、結婚式はどうしても挙げたいとの事。
 末っ子は既に30歳を超えている。30過ぎの男にあれこれ言うのは、本人の自主性を搊ね、良くないと思う。式については親である私たちは特に何も言わず、2人に任せて、親は口出しをしない。息子が家に居る頃から、自分で働いて得た給料の一部を、家に入れなくて良いと言ってある。その代わり、式の費用や住む場所について、援助は全くしないと取り決めた。
 4日にモーニングが来た。一生に何度も着るものではないから、モーニングを持っていない。着る機会もこれで最後であろう。貸衣装で十分だ。ネットで申し込んだものだ。¥14,580*。靴以外の小物まで全て揃った価格である。もちろん、靴も注文できるが、借りるのは止めた。ネットではもっと安い価格帯の物はたくさんあるけれども、それなりの価格のものに決めた。
 早速、試着した。ワイシャツの首周りの寸法に合わせると、胸周りがちょっときついことを除けば、まあまあ丁度良い。前回、モーニングを着たのは4年半前。体つきが変わっている。横に背が高くなったから、多分、前回と同じサイズではちょっと無理だ。前回はY体だったが、今回はAB体だ。実を言って、普通の背広ですら、何着か持っているが、着ることの出来るのは、恐らく1着しかない。自前のモーニングを持っていたら、着れなくて困ったことになる。サイズを指定できる貸衣装は便利だ。
 鏡に映した印象が前回とは大分違う。写真を出して見た。前回の写真は、白髪混じりという程度で、頭髪はほとんど黒色。今は逆でほとんど白髪だ。4年半の風雪がこうも容貌を変えてしまうのか。苦労が多かったのであろうか。
 今回は新郎の父親という事で、披露宴の最後の方で挨拶をすることになっている。なまじ挨拶文を暗記するなど、無駄な努力は止めた。紙に書いた物を読むことにした。もう一つ、厄介なことに、間際になってから、余興に『南京玉スダレ』をやって、座を盛り上げて呉れと言って来た。
 これとて、何年も玉スダレに触れていないから、手順を思い出して、練習しなければならない。 一昨日から、練習を始めた。まあ、最後だと思うから、頑張ってみよう。