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徘徊・老人日記

今日あったこと、日常の出来事、読んだ本など身近なことを書いていこうと思います。

2019.03.16(土)

 ニュージーランド(以後NZ)の2つのモスクで銃の乱射事件があり、多数の死傷者がでた。いきなり銃を乱射するなど卑劣で、大変忌まわしいことだと思う。しかし、犯行を実行した犯人側の気持ちも分からなくないような気もする。
 アメリカもカナダ、オーストラリアもそしてNZも移民の国である。『WASP』と云う言葉を知っているだろうか。ホワイト、アングロサクソン、プロテスタントである。アメリカを例に取れば、メイフラワー号に乗ってイギリスから、今WASPと呼ばれる人々がやってきた。
 アメリカには原住民が居た。こうした白人がインディアンから土地を奪ったり、殺したりしてして、大変苦労して働いて今のアメリカの繁栄を築き上げてきた。これはオーストラリアもNZも同じである。
 我々白人の祖先と我々が苦労して築き上げた繁栄、文化、文明に『タダ乗り』、『低賃金で働く労働者が入ってくれば自分達の仕事が無くなってしまう』という考えが根底にあるのだと思う。トランプがメキシコ国境に塀を作ろうと考えるのもこれだ。
 NZの乱射事件はイスラム教のモスクが狙われた。もちろん宗教的な問題もある。イスラム教は今後世界を圧倒する宗教になるだろうとの見方もある。イスラム教では宗教上の掟で、人口増加が激しい。多勢に無勢で、白人の人々が脅かされる。『軒先貸して母屋を取られる』のことわざではないが、自分達が築き上げた繁栄を乗っ取られてしまうのではとの危惧。
 今度は白人の人々がかつての原住民、インディアンなどと同じように駆逐されてしまうのではないかとのふ安を常に抱いているのことが犯行の根底にあるのだろう。

 2019.03.12(火)

 天気は最高、風もないから久しぶりに多摩川土手サイクリングロードをチャリで走って来た。川崎側の高津区と中原区の境目、丁度キャノンの工場辺りで東京側とを繋げる『等々力大橋』(仮称)の工事をやっていた。第3京浜と丸子橋の丁度中間辺りです。もう何年も関わっていませんが、母校の直ぐ脇を通る。2025年頃完成らしいがそれまで生きているかどうか。
 風がないから実に爽快。河津桜が満開だ。これから1~2ヶ月が色々な花が咲き、青葉が茂る一年で一番良い季節かも知れない。(花粉症の人を除いては) 帰りは多摩川土手ではない用水路に沿って帰って来た。河津桜の他、梅、桃、ボケなど咲いていた。冬の間、霜除けにアマリリスの鉢に被せていたレジ袋を取り除いたら、もう芽が出始めていた。しょく物はちゃんと芽を出したり、花を咲かせる時期を心得ているのだ。ふ思議なものだ。

 2019.03.09(土)

 自分の性格と云うか欠点は付和雷同であると思っていた。日常あまり使わない四字熟語であるから、ここに書くについては一応国語辞典で確かめておいた。『自分にしっかりとした考えがなく、むやみに他人の意見に同調する』と云う意味だ。
 『むやみに他人の意見に同調する』と云うところが、『勝ち馬に乗る』と云うような意味を含んでいるなら、付和雷同という言葉で自分の性格を表現するのは相応しくないかもしれない。
 ひと頃流行ったアイデンティティ(identity)の欠如と云う言葉(自己同一性、自分らしさ、自分とは何か)と云うのもちょっと違うような気がする。
 自分の考えに対する意見を聞くために、先日、知人に会った。ある事項について、自分はその事をする能力があり、だからやってみたいと云う積もりでいた。いつも僕の考えは彼に論破されてしまう。自分の考え方を纏めてメモしておいて彼に会った。
 彼の視点、論点は全く違った。僕がそのことをする能力があるという事は全く疑っていなかった。その上でやったらどういう影響が出るのか、どうやって維持していくのだと、将来を見据えての問題点を教えてくれた。視野のレベルの高さが全く違うのである。
 話を聞いて視野の深さ、広さにいつもながら脱帽した。僕は全くの世間知らずなのである。世の中、そんな良い人ばかりでないとも云われた。商売柄良く知っている。世間ズレしていないとは綺麗事の言い方で、もっともっと勉強しなければと痛切に感じた。

 2019.02.28(木)

 月並みな言い方だけれど、2月も今日で終わりだ。月日の経つのが本当に早い。日々感動することが少ないから、月日の経つのが早いと感じるのだと云う。初めてのことばかりで、毎日が感動の連続のような生活を送っていると、遅く感じるそうです。歳を取ると既に経験済みの事が多くなって、初めて知ったとか、経験があるから感動が薄れるのは仕方ないよね。それにしても、今日で1年の17%が終わってしまうことになる。
 数日前から『三四郎』を読んでいる。三四郎を読むのは、もう何回目になるのか分からない。数年前から小説を読む時にはメモ帳を脇に置いて、登場人物の特徴を記入しながら読むことにしている。歳を取ったから登場人物が多いと覚えておくことが出来ず、分からなくなってしまうからだ。メモ帳に記載しながら読んでいくと内容をよく理解できる。面倒臭いけどちょっとの工夫で効果は大きい。
 夏目漱石は好きな作家の一人です。その作品である『こころ』は、読み終わったならば、直ぐにまた始めから読み直し始めることを繰り返して、連続して4回読み返した経験があります。その都度今まで気が付かなかったことを見付けて、同じ小説を繰り返して読んでいるという気にもなりませんでした。
 夏目漱石の作品で嫌いなことがあります。登場人物の『ふ労高学歴』です。親の遺産あるいは、親の事業が成功して、ろくに働きもせず暮らしている人たちが多く登場する。一般庶民が汗水垂らして働いているのに、働きもせず理屈ばかり言っている。こういう設定は嫌だなと思う。漱石はとっくの昔に亡くなっているので文句も言えない。
 昨年は新書版ばかり読んでいた。今年は新書版だけでなく小説も読もうと決意したが、順調に進んでいる。

 2019.02.21(木)

 図書館で借りていた本を返しに行った。平日だと云うのに結構多くの人たちが居る。やはり年配者が多い。リタイアして家に居ると気まずい思いをするのであろうか。身に詰まされる。
 本を読むのは良いのだが、読んだ後溜まってしまうのが困る。ずっと図書館は利用していなかった。1月末から利用再開して一回に3~4冊借りてからは、2週間毎にまた通うようになってしまった。
 今日は遠藤周作氏の『沈黙』を借りたいと思っていた。小説は作家めいの50音順に棚に置かれている。遠藤周作氏の所に『沈黙』はなかった。
 パソコンの検索機がある。今までは実際に棚を探すだけで、無ければ諦めていた。昔のカード式のような物から、パソコンの検索機も含めて検索するのは全く初めてである。パソコンの検索機も使い方が分からない。
 試しにと思って検索機の前に座って、『著者めい』の欄に『遠藤周作』と入力して『検索』を押してみた。ずら一と遠藤氏の著書めいが表示された。遠藤氏にはこんなに沢山の著書があるのかとビックリ。それにしては小説コ一ナ一の遠藤氏の所にこれほどの量の本はない。
 画面にアイウエオ順に表示された著書の中から、『沈黙』を探してクリックすると、市内の図書館の何処にあり、どの図書館では貸し出し中であるとの表示が出た。見れば、行った図書館に在庫があることが分かった。書棚の作家別の所ではなく、『特設コ一ナ一』に置いてあると云う。さて、その特設コ一ナ一が何処にあるのか分からない。図書館のお姉さんに聞いたら、すぐに案内されて見付かった。何で『沈黙』が特設コ一ナ一にあるのか、貸し出しキャンペ一ンでもやっているのかしら。それにしても、図書館の検索機はすごい。どの本は今どんな状況にあるのか、市内の別の図書館のも含めて瞬時に分かる。すごいデ一タベ一スだが、維持管理は大変なことだろう。感心しながら帰って来た。

 2019.02.17(日)

 昨日、学生時代の友人と待ち合わせをし、会って話をした。以前、ごく短い時間会話したことを除けば、46年ぶりとなる。白髪は増えたが、端整で優しそうな顔立ちの基本は相変わらずだった。きっと若い頃は女性にもてたに違いない。
 一部上場会社の機械メ一カ一で、プレスブレ一キという、業界の人しか知らない機械の設計のみに携わって居たと言う事を聞いて驚いた。私はその業界だったから、プレスブレーキという機械を知っている。ベンダーとも云うが、一般の人なら100人に聞いても『何、それ?』と云われるに違いない。その機械メ一カ一は沢山の種類の機械を販売もしている。プレスブレ一キの設計一筋、四十数年と云うのも珍しいのではないか。
 普通、企業と云うのは何年毎かに人事異動をして、色々な部門を経験させ、本人の適正を見極め、スキルアップを図って行くものと思っていた。単一種類の機械のメ一カ一ではない上場会社なのに本当に珍しい。本人はプレスブレ一キではス一パ一エキスパ一トでも、他の部門の経験がないと、スキルに偏りが出来る。
 僕は小さい企業に勤めて居た時期が長い。色々な部門を経験させて貰った。『便利屋』と云っても良いような仕事もした。2社勤めたけれど、今はどちらの会社も倒産して存在しない。どちらが良かったのか。全く『人生は色々だ』
 

 2019.02.10(日)

 先週は『川崎国際環境技術展』があった。私の勤めている職場も間口2mほどの小さなブースにて出展しててんてこ舞いだった。何分にも2人しか居ないものだから、全ての設営準備と説明、撤収を2人でしなければならない。
 周囲を気にし過ぎと云われるかも知れないが、各ブースの説明員の中でも 『Top10』 に入る高齢者ではなかったのではと思う。総白髪だから余計老けて見えるのかと思う。読売新聞の支局長に歳を聞かれたから答えたら、意外な表情をしていた。もう引退なのかとつくづく思った次第。
 外国人と話をするのもまた楽しいものです。インドから来た女性と話をしたら、とても流暢な日本語を話すし、こちらが云う事も理解しているようだった。『いつ来日したの?』 と聞いたら、昨年10月だという。こちら、中学生から英語を習ってろくに英会話も出来ないのに、4ヶ月ほどでこんなに達者に日本語が出来るなんて、とても驚きだ。外国語を習うなら、その地の言葉で会話しなければ生きて行けないような絶体絶命の場に身を置かねば上手くならないんだよな。

 2019.02.04(月)

 まるで我が家は『病人の巣窟』、『病の館』である。先々週まで息子が一週間ほどずっと寝ていたし、今、カミさんが腸炎らしく寝ている。この私とて先週の水曜の夜から咳が酷く、ずっとおとなしくしていた。
 クリニックに行って鼻の中に棒を入れられ、グリグリかき回されて、インフルエンザではないことが判明、レントゲン写真を撮ってもらって肺炎でもないことが分かってホッとした。
 5年以上前にインフルエンザに罹り、それに懲りて毎年予防接種をして来たお陰で、ずっと寝込むようなことはなかった。風邪を引いたかなと思うと市販の風邪薬を飲んで寝れば、翌朝はケロッとしているようなことで、油断していたのがいけなかったのかも知れない。昨日は観念してずっと布団の中に居た。20時間ぐらいは眠っていたのではないか。それにしても良く眠れるものだと感心する。
 今日は寝ているのにも飽きて起きている。咳も出ないし熱もない。これにて安心して処方された薬を止めてしまうとまた症状がぶり返すに違いない。暫くは薬を続けて様子を見ることにしよう。風邪を引いて寝込むなど老いたなとつくづく思う次第である。

 2019.01.30(水)

 『つまんねえな、何かやることないかな』 とつくづく思う。週3日働いている。残りの4日間を持て余している。
 原則、月水金の週3日と言っても、勤め先の行事の都合で、出勤日はバラバラである。何か習い事を計画しようにも、2週間先の出勤日の予定が侭ならない時がある。残り4日で何かやりたい。  知人から来た年賀状の記載に拠れば、首都圏の地下鉄を含めた電車の全路線を徒歩で踏破することを目標とされていて、既にかなりの路線を終了されたらしい。大変な健脚である。私には体力的にとても無理だな。
 数日前、学生時代の友人から 『今度会いたい』 旨の電話があった。途中で短時間お目にかかったことを除けば47年ぶりだ。 『私もぜひお会いしたい』 と返事をした。すでにリタイアされていて、恐らく彼とて暇を持て余してのことであろう。
 現役で働いていた頃、特に50代までは一所懸命働いた。今になって、悪い事だと思っているが、3人の子供の入学式、入園式、卒園式、卒業式に1回も出席した経験がない。会社が土日休みだと、土曜日は大抵出勤していて、日曜日は大抵ぐったりして家でゴロゴロ体を休めていた。それでも日曜日に行われる運動会には行っていた。
 今にして思えば、40代半ばで会社の中での自分の先が見えたような時期から、自分の将来のことをもっと考えておくべきだった。定年後は今までとは全く違うことをしたいと目覚めて、資格を取ろうとしたのが60歳の2年ほど前だったから、遅過ぎた。
 次の資格を持っている。X線作業主任者、第一種衛生管理者、クレーン、玉掛け、フォークリフト、すぐに出てこないがまだ有ると思う。資格は切れてしまったけど、溶接にはかなり詳しい。資格はないけど、ISO9001、14001の認証取得のお手伝いくらいは出来ると思う。今、これらの資格や知識が何かの役に立つかと言えば、全く役に立たない。
 あまりに固く考えすぎた。趣味を活用できればと、云うようにもっと大らかに考えるべきだった。趣味が高じて、人から認められるほどになれば副業になりそうだ。そんな風に考えれば良かったのかも知れない。
 一芸に秀でたものはなく、いずれも中途半端だから、仕方なくこうしてWebサイトの更新で暇を潰している。

 2019.01.26(土)

 午前中、学生時代の友より電話連絡があった。卒業以来なら47年ぶりだが、確か彼が勤務していた会社の展示場に機械を見に行った時に短い時間会った。それでも20年ぶりくらいだろう。すでにリタイアしているとの由、会う段取りを付けて頂けそうで、メールアドレスをお伝えした。こんな偏屈な自分にも声を掛けて頂けるなんてありがたいことだ。
 夕方からは以前勤めて居た会社の懇親会(OB,OG会)に出席してきた。今回新たに参加して下さった方も居て、12~13年ぶりにお目に掛かった。
 一般的に云えば、私は職場の忘年会などに出席はするのだが、とても苦手だ。雑談力がないのだ。隣り合わせたり、周囲の方々と酒席でどうでもいいような他愛無いおしゃべりが出来ないのだ。仕事上の会合など、テーマがあると、自分は決しておとなしい方ではないと思う。発言が多い方だと思う。ところが飲み会などでは、途端におとなしくなってしまう。
 大抵の方とは全く逆だ。周りの方とおしゃべりが得意の方が、会議などで発言するかと云うと、全くと言って発言しなくなってしまう。それでいて、会議後に2~3人であれこれふ満か意見か何か言っている。それは会議の席上云うべきだ。
 そんな雑談力のない自分が、懇親会では色々話が出来た。私にしてはとても珍しいこと。自分の引き出しにもっと話題を詰め込んで、必要な時に取り出せるよう努めなければとつくづく思った次第である。
 それにしても何年も会って居なかった友人知人と連絡が取れたり、お目に掛かることの出来た日だった。

 2019.01.24(木)

 1/22、1/23は工業団地で共同取得しているISO 14001の継続のための審査であった。そこで管理責任者をやっている。もう10数年もやっているので、自分が受ける審査にては特に緊張することもない。ただ構成する企業の中には人事異動や退職のため、担当者が新任であったりすると、そちらの方がうまく審査員の質問に答える事が出来ただろうか、今まで教えて来た成果を発揮できただろうかがとても心配になる。
 審査が終わって最後に審査結果の発表の会議では、審査員の見解をそのまま受入れるのではなく、審査員の考えとの違いで戦わなければならない場合も出て来る。過去の審査では規格に載っていない事まで要求されて、指摘を取り下げさせたこともある。審査員が言っていることの全てが正しい訳でもない。
 昨日は何かとても疲れた。先に『書斎』で述べたように、ISOの認証そのものに疑念を持っている。責任者の立場上やっているけれど、昼休みに審査員と雑談している時に意見をたくさん述べさせてもらった。

 

 2019.01.17(木)

 新聞の見出し『合意なき離脱』、英国のメイ首相がEUから円滑に離脱するため、EU側と合意した離脱協定案が英国下院で否決された。『合意なき離脱』の音の響きが、何か『理由なき反抗』というジェームスディーン主演の映画の題めいに似ている。若い人にジェームスディーンと云っても分からないだろう。見出しを見て懐かしい映画の題めいを思い出してしまった。
 横綱 稀勢の里が引退した。彼にはそれなりの考えがあったのだろうが、もっと早く引退すべきだと思っていた。一旦横綱となってしまったら、負けようが休もうが、番付上その地位から落ちることはない。特権階級だ。その特権を有する横綱にはその地位に相応しい成績を残す使命がある。使命を全うするから横綱なのだ。果たせなければ引退しかない。
 大関は2場所続けて負け越せば、地位を明け渡さねば成らない。関脇以下の人は負け越せば、たとえ業務上の怪我が原因でも、容赦なく地位がさがる。横綱だけが地位が下がらないのはふ公平だ。横綱 稀勢の里は8場所連続球場している。彼がもし大関で8場所連続休場していたら、制度は良く知らないが、給料も貰えない幕下以下の番付まで落ちていたことだろう。
 勝てなければ横綱たる地位に留まることは出来ない。番付が下がらないなら引退しかない。横綱の土俵入りの時に締める『横綱』には紙垂(しで)が垂らしてあるから、横綱は神様なのかも知れない。そういえば大相撲の土俵の上に吊るしてある屋根も神社の屋根と同じになっている。大相撲は神事ということか。
 勝たなければ番付が上がらない。それを承知で入門した筈。それが勝負の世界の厳しさだ。『何が出来るから、この地位に居る』『何をやるからこの場に居る』の考えを徹底すべきだ。怪我の前の状態に戻れず、力を発揮できなければ、もっと早く引退すべきだっとと思っていた。
 お陰様で、風邪の症状はあとわずかとなりました。

 

 2019.01.13(日)

 風邪の症状はまだたくさん残っている。昨日(1/12)はほとんど布団の中で過ごした。よく眠れるものだと思う。それでも、横になってはいるが眠っていない時間も多い。家にある落語のカセットテープやCDを聞いていた。月並みだが『古今亭志ん生』は良いなと思う。
 こんなに一日中布団の中でじっとして横になっているのも、5~6年前にインフルエンザに罹って以来のことだ。熱がないから起きていても良いのだが、少しでも早く直そうと我慢して横になっていた。歳のせいなのかいかにも回復が遅い。今日はもうずっと起きている。横にばっかになっていると腰が痛くなる。宇宙飛行士も歩くことがないようだから、そう云う面では同じだろうなと、とんでもないようなことを思ってしまうのはいつもの癖だ。

 2019.01.09(水)

 正月早々風邪を引いてしまい、絶ふ調です。熱はほとんどなく、医者よりインフルエンザとも言われていない。薬をたくさん処方して頂き、それを飲みながら、昼間から布団に入って寝ています。良く寝られるものだと自分でも感心する。こうして昼間から布団の中で寝ているのも、もう5年振りくらいか。
 と云うわけで、Webサイトの更新もありません。折角訪問していただいたのに、ごめんね。

 2018.12.29(土)

 パソコンに向かう時に座る木製椅子が壊れてしまった。これは長男が小学校に入る時に買った物だから、もう30年以上になるものだ。カミさんは『買いなよ』と云うが、まだ何とかなると思って修理することにした。
 以前にも修理をしている。前に補強のために使った L字金具が破そんしていた。L字金具が破断するなんて信じられなかったが、2箇所ダメだった。どうしようか考えた。金物屋に行って新たに金具を買ってきた。
 サンダーや電気ドリルなど持ち出して、結構大掛かりになってしまった。接着剤と木ネジで何とか組み立て直した。新しい椅子を買えなくもないのだが、どうすれば丈夫な椅子になるか、あれこれ考えて実際にやってみることがとても大切だと思っている。久しぶりにDIYの気分を味わった。
 おおよそ40年前、有り合わせの木材を使って作った、赤い塗料を塗った自家製の踏み台兼椅子がある。長女が小さい頃、ちゃぶ台でご飯を食べるのにも使っていた。他の2人の子もこの椅子に座っていた。今は孫が来た時もこれに座ってご飯を食べる。子孫と2代に渡って椅子として使い、普段は大人が乗ってもビクともしない踏み台なのである。
 今は何でもお金を出せば直ぐに買えるのだけれど、自分で作ったり、修理して使っているととても愛着がある。

2018.12.24(月)

 3階のバルコニーに置いてあるプランターにニラがうえてある。野菜炒めや餃子に使って家計を助けている。3人家族ならプランター1つで十分食べるだけある。例年なら今頃すっかり枯れてしまう。今は短く、もう育たないけど、まだ枯れることなく青々している。暖冬なのかな。通勤途上にバスの車窓から見る川崎の銀杏並木もすっかり葉を落としてしまった物も有れば、黄色くなってはいるが、まだほとんど葉を落としていない木もある。個体差が激しい。
 世は有馬記念だのクリスマスイブだのと言っているが、老人の私には無関係。今日はまだ残っている年賀状裏面の余白にコメント記入をすることにします。

 

2018.12.23(日)

 冬だから寒くて、それでなくとも家に閉じ篭りがちになる。更に昨日、今日と雨が降ったり止んだりで外に出るのも億劫だ。3連休は何とも辛い。勤め先の都合の日に合せて、週に3回勤めている。連続で出勤すると老人だからやはり疲れる。だが、こうして3連休もあるのも退屈で嫌なのだ。年末年始は6連休となるが、今から憂鬱だ。それならWebサイトでも更新すれば良いのだが、早々書くネタもない。ふ思議なもので書くネタが泉のように幾つも湧き出るような時もあれば、枯渇してしまっている時もたびたびある。
 昨年は浪人して、Word のお絵描き教室に通っていた。11月から年賀状の犬の図柄を6種類くらい作って、年賀状作りも準備万端だった。今年はそうも行かないで、安直にネットで適当なイラストを頂戴して準備おいた。
 丁度、プリンターのインクカ-トリッジの黄色と黒の残量が少なくなっていた。ヤマダ電気のレジ近くにインクのリサイクル回収ボックスが有ったのを思い出した。溜まっていた空のカートリッジを袋に入れ、持って行こうとテーブルの上に置いた。自転車の鍵を持つのを忘れ、取りに行って、もうインクカートリッジの袋を忘れてしまって、出掛けてしまった。気が付いたのはヤマダ電気までの道のりの半分以上行った所だった。もう同時に2つ以上のことに注意を注ぐことが出来ない自分にガックリきた。
 年賀状印刷は直に終わり、今、裏面の余白に宛先によってコメントを記入中です。このWebサイトの訪問者の方は分かるだろうが、ゴチャゴチャ書くのが好きな性格だから、それそれの相手によって、小さい文字で書く。コメント記入の方が図柄や宛な印刷より余程時間が掛かるのは言うまでもない。
 僕くらいの歳になると、年賀状書きの引退宣言をなさって卒業される方も多いと聞く。何でもかんでも止めてしまうと、脳に与える刺激が少なくなるといけないと思って、僕はまだ何年かは年賀状引退はしない積もりだ。インクカートリッジの袋を忘れるくらいだから、もう十分ボケては居るが・・・・。

2018.12.20(木)

 今日は仕事が休み。カミさんはパートに出掛けた。家の中に一人で居てラジオなど聴いている。年末になるといつもやっている『初詣は高尾山薬王院へ』というCMが流れている。もう年末なのだと改めて感じるが、世間ではあまり、クリスマスだ、正月だという雰囲気が見られない。まだ十日もあってそれほど押し迫っていないからか。
 数年前まではクリスマスと云うと若いカップルが高級ホテルを予約して一夜を過ごすなんていうのが流行っていた。二人でロマンチックな夜を過ごすことではなくて、違うことが目的なのだ。そういう予定のない若い男女は片身の狭い思いをして、ひっそりと自室に篭って侘しい思いをしていたようだ。今年の傾向ではもう、そんな風潮は減ってきて、ホテルの予約件数も落ちているのだと。
 彼氏(彼女)居ない歴何年の男女にとっては、クリスマスイブの夜は寂しかっただろうけど、日本人はたいてい一応 Buddhist なのだから、何もキリスト教徒の行事に心揺さぶられる必要は全く無い。それより、『皆と同じようにしなければいけない』と云うような心を持つ方がずっと心配だ。公序良俗に反することはダメだけど、そうでなければ自分の思うように考え、行動する方が余程大事だと思うのだ。

 2018.12.15(土)

 昨日は工業団地の忘年会だった。どうも、飲み会は性に合わない。ひとつには自分が全く酒を飲まないで、他の人が酒を呑んでいるのを見る時間が面倒なのだ。もう一つが、隣り合わせた人との談笑だ。隣り合わせた人が嫌いな訳では決してない。いつもそうなのだ。各企業から2~3人の人が参加して、話をしたことのない人は居ない。皆顔見知りだ。
 皆さん、酒を呑んでいるせいもあって、近くに座った方同士で声高に話を弾ませている。どうも、自分にはそれが出来ない。昨夜は特にそれを感じた。自分は『お変人』なのではないかとさえ思った。特に自分から話すことがないのだ。
 談笑されている方の普段の仕事面でを見ると、会合や会議での発言はまずない。指めいされれば仕方なく発言はあるが、それとて大した内容のことを言わない。僕はその正反対だ。飲み会などで雑談が苦手だが、会議と成れば結構積極的に発言する。工業団地の委員会活動は、僕が座長を勤めている部分では委員の人の発言がないから、僕一人がしゃべって居るようなものだ。
 仕事のON、OFFでこうも違ってしまう自分に呆れてしまう。仕事のONの場合は無意識に演じている部分がきっとあるのだ。OFFの時まで演じる必要がないと思っているのかも知れない。本心から、特に雑談する話題を持ち合わせていないのだ。全く、私的な協調性とか、雑談力がないのだ。きっと、性格的に普通ではないのだ。

 2018.12.02(日)

いよいよ師走であります。坊さんでも教師でもないから僕は走らない。我が家は完全なる婦唱夫随であります。昨日(12/1)は嵐山渓谷(京都でなく、埼玉の)と足利フラワーパークに某旅行会社のバスツアーに行って来た。 出ぶ精の私が自らツアーの計画を立てる訳がない。ツアーに限らず我が家では妻が立案し、夫はノコノコ付いて行くだけ。近所付き合いとて、妻が構築した関係に乗っていくだけ。
 参加者はジジババが多いが、若い人もチラホラの『チ』ぐらい。圧倒的にババが多い。私のバス内での席は一番後ろであった。ジイジの頭が見える。光頭や、つむじの辺りの髪の密度がすっかり低下した頭ばかりが見える。
 嵐山渓谷の紅葉はもう既に終わっていて紅葉はほとんど見られなかった。残念でした。
足利フラワーパークは日本の3大イルミネーションなのだとか。大規模なイルミネーションであった。一昨年、御殿場のイルミネーションも見たが規模は足利のイルミネーションの方がずっと大きいような気がした。家族連れが多い。若いカップルも多くてイチャイチャしていた。スマホで写真を撮っている。ここで彼女を幻想的気分にさせて、hotelに連れ込もうと云う魂胆ミエミエなのだが、女の方もそこら辺は十分に心得ていて、今夜は勝負パンツ着用の上、参戦しているのである。(確かめた訳ではない)


高速道の各出入り口周辺には、よくラブホが在る事から察すると、皆考えることは一緒であると推察する次第である。中にはまだ可愛らしい子も居て、ジイジは思わず、『だまされんなよ』と彼女に向かって忠告の意をこめて、声高に叫ぶのであった。(心の中で)

 2018.11.22(木)

 職場の窓からサザンカの花が咲いているのが見える。晩秋も終わりに近付き、いよいよ本格的冬に突入と言うところだ。今年は初雪が遅れていると聞いた。山に既に降っていても、初雪と言わないとのこと。平地で降雪が観測されないと、初雪とは言わないのだって。それでも東北地方では、初雪が観測された。
 このところ、日産自動車の会長のカルロス・ゴーン氏の話題で沸騰している。自らの報酬を過少申告した疑いがあるとして、金融商品取引法違反の疑いで逮捕されてしまった。
 昔、亡くなった母が『金と灰皿は貯まれば貯まるほど汚くなる』と良く言っていたけれど、こう言うことなのかなと実感した。幾らお金をたくさん持っていたって、捕まってしまったらどうにもならない。貯まれば貯まるほど、もっと欲しくなるのは庶民には理解出来ないところだ。
 職場の建物の3階の床で、トカゲだかヤモリだか分からないが、4cmほどの小さな干からびたミイラのようなものを見付けた。多目的ホールなのだが、普段は全く使われていない、倉庫のような場所だ。どうしてこんな所に入り込んだのだろう。丁度、目のあたりがくぼんでいて、4本の足の指先までハッキリ見える。ちっちゃくてかわいらしい。
 今日は11月22日で、イイフウフの日なのだと云う。我が家はどうなのだろう。僕にとっては別の記念日でもある。昭和44年11月22日はゾロ目が3つ重なって、20歳で盲腸の手術を受けた日でもある。随分年月が経過したものだ。

 2018.11.14(水)

 老人が転んで骨折し、そのまま寝たきりに成ってしまう話を良く聞く。自分にはまだ遠い先のことだと思っていた。どっこい、今日転んでしまった。
 昼休みタバコを吸おうと屋外に出て、吸い終って建物に入ろうと、ふと見たら美人の女性が歩いていた。見惚れていて駐車場の車止めに足を引っ掛けて転倒してしまった。若い人なら引っ掛かっても転倒しないように、咄嗟に足が出るものなのだが、足がもつれて倒れてしまった。(美人の女性はウソです)
 あごを打った。コンクリートの床と仲良くなってしまった。下唇から出血し、現在、いかりや長介さんの下唇のようになってしまっている。左手の掌からも出血。主だった傷はそれだけで済んだ。まともに倒れた影響で節々が痛い。
 足がもつれて、転倒防止のための足が出なかったのは誠に残念だ。転倒はもう他人事ではなくなったと云うことだ。十分気を付けなければならない。骨折などしなくて外傷だけで良かった。それだけ歳を取ったという事だ。

 2018.11.05(月)

 10月は書斎にて随分多くの件数を書いた気がする。気がするでは判断基準が希薄だ。数値化しなければと思い、数字にしてみた。約2.4日に1回『書斎』を更新していた事になる。私に取っては書き過ぎだ。どうも無理がある。
 本来なら日常生活にて頭に湧き上がって来るものを、備忘録のように書いておくというのが良いと思っている。職業文筆家でない私の頭にある泉は、もう年だから枯渇寸前、そんなに書くことが湧き出てこない。
 しかも、老人の年齢はとても武器になる。『選択制難視』、『選択制難聴』、『選択制記憶』と言って『選択制』なのである。都合の悪いことは『見えない』、『聞こえない』、『覚えられない』、『覚えていない』ことにしている。
 書斎の第1180で『歴史』について書いてみた。勝者に都合の良いことが書かれた『勝者の歴史』と書いた。
 まだ歴史にもならない近々の出来事でも、これは『脚色』と言う方が適切なものは多々あるような気がします。トルコのサウジアラビア領事館で起こった殺人事件、ムハンマド皇太子の指示があったか取り沙汰された事件です。自分たちに都合の悪い事、行為に対し、社会秩序を守るというめい目で、弾圧なのか、治安維持の行為が行なわれた。
 今話題の片山さつき地方創生相の口利き賄賂事件、あれも片山議員の脚色性が高いと思うな。こうして見ると、身の回りのほとんど全てのことには、多かれ少なかれ脚色と思われるものが見える。
 有めい人だけでなく凡人の私たちも、自分の記憶を脚色してしまう傾向にある。もうこんな言葉使う人も居なくなったが、『脳内彼氏、脳内彼女』など、誰でも終わった恋は美化しがちと言うことからも分かる。みんな自分の都合の良いように考えてしまうのだなぁ